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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ519

「馬鹿らしい。捕虜としての戦闘にしても稚拙だな。ロシア軍のパイロットの知的レベルが判ったことがこちらの戦果だ」マーガリン中尉の1回目の取り調べを終えた警務官の2尉はエレナを伴って捕虜収容所にしている隊舎を借りているアメリカ海兵隊の憲兵隊本部に赴いた。アメリカ海兵隊にもロシア語の通訳はいるが、日米安全保障条約が発動されていないので関与させてもらえなかったらしい。警務官の2尉は日本式な隊舎借用のお礼の後、証言内容を説明した。すると日本人の英語の通訳が翻訳したのを聞いた隊長以下の憲兵士官たちは嘲けるように大声で笑った。中には大口を開けてのけ反っている士官もいる。
「嘘の証言で相手を混乱させるのは捕虜としての戦闘手段の1つなんだよ」呆れるほど紳士的な自衛隊は兎も角としてヨーロッパ人の軍人にはチェチェンで住民を虐殺していたロシア軍を重ねてしまうエレナが困惑していると通訳が日本語で説明した。東條英機陸軍大臣が戦陣訓で「生きて虜囚の辱めを受けず」と通達するまでもなく明治の建軍以来、捕虜になるよりも死を選ぶことを強要されていた日本の陸海軍と違って外国軍では捕虜になるのは最前線にいた証明とされている。むしろ捕虜になって敵にジュネーブ第3条約が定める手厚い処遇を強要し、嘘の証言で状況判断を誤らせ、脱走することで捜索や警備の強化に兵力を割かせるのが捕虜の戦闘とされている。特に負傷兵は大袈裟に苦痛を訴えて「戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する1948年8月12日のジュネーブ第1条約」に基づく正当な権利として治療と薬品の投与を要求するのだ。
「つまり核兵器による攻撃と言うのは」「あり得ない。中国とロシアはアメリカが広島サミットで核廃絶に転換したと思っているかも知れないが、我々にとってヒロシマで展示されている被爆地の惨状は我が軍が行使した力の強大さの証明であって、それが日本本土での地上戦を経験することなく対日戦争を終結させた制止力になったんだ」通訳を介した憲兵隊長の説明にエレナは2023年のG7広島サミットが迫った頃、テレビの広島局が制作する報道番組が「核廃絶の実現」一色になり、被爆者が「それだけを議題にするべきだ」と主張していたことを思い出した。しかし、現実にはウクライナへのロシア軍の侵攻、中でもロシアの大統領の核兵器による恫喝こそが先進7ヶ国と臨時に参加した新興経済大国が討議し、対策を打ち出さなければならない問題であり、予定外のウクライナの大統領の出席によって議論は一変した。
「大体、ロシアの核兵器はICBM(大陸間弾道ミサイル)はアメリカを狙って北シベリア、NATO向けのIRBM(中距離弾道ミサイル)はヨーロッパ南部で、アジアに配備しているIRBMは中国を狙ってモンゴルに接する中央シベリアだ。中国の弾道ミサイルは大半がチベットにあるから狙っているのはインドだろう。日本に向けて発射する準備を始めれば確実に探知できる」通訳の説明を聞いた日本語が理解できる海兵隊士官が話に加わってきた。これは日本では知られていないが国際社会では常識なので軍事秘密ではない。
「それでマーガリン中尉の亡命希望はどうしますか」通訳がエレナに掛かり切りになって会話が進まなくなった警務官の2尉が困ったように割って入ってきた。海上自衛隊の警務官はアメリカ海軍と同居している横須賀や佐世保、厚木などで勤務すると英会話に熟練するが、それ以外の基地しか経験していないと業務調整には自信が持てないのかも知れない。
「亡命希望と言っても特に手土産がないからな」「あのまま丸腰のスホーイ27に乗ってきても目新しい軍事秘密はありませんでした」「かえって怪しいな」通訳が警務官の2尉の質問を伝えると憲兵隊長と士官たちが議論を始めた。昭和51年9月6日にヴィクトル・ベレンコ中尉がミグ25で亡命してきた時は三木武夫内閣は崩壊寸前で9月15日に退陣している。その混乱につけ入るようにソビエト連邦はベレンコ中尉とミグ25の引き渡しを要求して軍事と外交の圧力をかけてきた。しかし、アメリカはかつてソビエト連邦に引き渡した亡命者が銃殺された悪しき前例を繰り返さないため即座に受け入れを決定した。勿論、軍事秘密の塊りと思っていたミグ25と言う手土産が魅力的だったのは間違いない。その点、マーガリン中尉はロシアが粛清する可能性は否定できないが、乗ってきたスホーイ27は脱出して海の藻屑と消え、仮に機体があっても偵察任務だったので空対空ミサイルや空対艦ミサイルなどの魅力的なオマケは付いていない。おまけに中国とロシアによる核攻撃などと虚言まで弄している。 
「一応はペンタゴンに連絡するが、平時の不法侵入者として日本の警察に引き渡すのが日本的処理だろう。広島拘置所に収監されれば本当に弾道ミサイルが飛んでくるのかも判る」「真剣に怯えるようなら少しは信じてやっても良いだろうがそれもないな」どうやら戦闘中の個人による投降や敵前逃亡を軍規違反としているアメリカ海兵隊としてはマーガリン中尉は亡命者ではなく脱走者と言う認識のようだ。それでも自衛隊だけでなく在日アメリカ軍までも混乱させる工作員と思われていないことは本人にとって幸運だろう。情報機関から送り込まれた工作員となれば政治と軍の中枢からの指令を受けているはずなので、スホーイ27やミグ25とは比べ物にならない最高度の情報の持ち主だ。取り調べも架空物語の世界になる。
  1. 2023/06/14(水) 15:36:28|
  2. 夜の連続小説9
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