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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ525

「この市街地にいるロシア軍に告ぐ、速やかに降伏せよ」網走市内に立て籠っているロシア軍の行動が急激に鈍化して、潜入している陸上自衛隊の目で見ても衰弱していることが明らかになった頃、第2師団は戦車を派遣して市街地を包囲した。そしてヘリコプターに搭乗した虚空自衛隊の語学要員が上空からロシア語で呼びかけた。
BGMに加藤登紀子の「百万本のバラ」を流しているのは札幌で自衛隊への慰問番組を放送している雪ウサギ=森田照子に「この歌はロシア兵の郷愁を誘うから聞かせると良い」と言うメールが届いたことで採用した。しかし、・コッポラ監督の「地獄の黙示録」ではベトナムの村落を攻撃するアメリカ軍のヘリコプターは士気を鼓舞し、村民の恐怖心を煽るためにワーグナーの「ワルキューレの騎行」を流していたがこちらの曲は流している方も物悲しくなる。
ロシア軍は市街地の商店や住宅に残っていた食料品を食べ尽くしてからは軍用小銃で鹿や熊などの野生動物を捕獲し、漁港に残っていた漁網や釣り具を使って魚を獲り、郊外の農地の作物を収穫して喰いつないでいた。自衛隊としては人間が生命を維持するために必要な行動を阻止することに多少の躊躇を覚えたが、ロシア軍が爆撃機や輸送機に日本人を人間の盾として同乗させた冷酷非情な戦闘手法を思い出して狙撃の対象にした。その結果、投降者が続出して最近は歩哨さえも配置しなくなっている。
「携SAM(携帯式地対空ミサイル)に警戒しろ」「ラージャ、フレア(赤外線誘導を幻惑させる発熱剤)発射準備良し」「放送を続けます」「よろしく」ヘリコプターは低高度で網走市内を巡回しているが生きている人間や動物の姿はなく、スーパーマーケットやコンビニエンスストアの前に放置されている戦死者の遺骸だけが目に入ってくる。その遺骸にはカラスや猛禽類が群がって内臓や肉片をついばんでいるが、ヘリコプーターのローター音と強いダウンバースト(下降気流)に驚いて飛び去って行く。その光景を上から見下ろすのは滅多にない体験だ。
「25普連の中隊長をやってる同期に聞いたんですけど先日、潜入した隊員が明らかに加工処理した人間の、それも女の遺骸を見たそうです。いよいよ人間を喰い始めたんじゃあないですか」「傍受した無線の声からロシア軍に女性兵士が同行しているのは確かです」副操縦士の話に語学要員が補足した。日本軍でもインパール戦線やガダルカナル島、ニューギニア、太平洋諸島などでは海上補給路を遮断されて飢餓に陥った日本兵が「死亡した戦友の肉を食べた」と数少ない生存者が証言している。また平時であっても1972年10月13日にラグビーの試合に出場する学生や家族を乗せてチリに向かっていたウルグアイ空軍の輸送機がアンデス山脈に墜落した事故では乗員乗客45名のうち16名が生還したが、草も生えない雪に覆われた岩場で72日間生きるには人肉を食べる以外になく世界に衝撃を与えた。
「そうなると食べるためにWAC(アメリカ陸軍と陸上自衛隊の女性隊員)を殺したのかな」「まさか・・・だとすれば降伏勧告が遅過ぎました」機長の疑問に副操縦士は深刻な顔で答えた。陸上自衛隊としては歩哨などの投降が続出していることからロシア軍の現地部隊も組織として降伏すると期待していたのだが指揮官にその決断はできなかったようだ。
日本では第1次日露戦争の奉天会戦の激戦を指揮していて負傷して意識を失いロシア軍に保護されて捕虜になった村上正路大佐は帰国後に軍内だけでなく郷里の山口県でも徹底的に蔑まれて失意のうちに死亡したが、同じく旅順要塞攻城戦では明治37年12月5日に203高地が陥落してそこを観測点とする砲撃で旅順港の太平洋艦隊が壊滅した後も戦死したコンドラチェンコ少将の後を引き継いだステッセリ少将は抵抗を続けたが、要塞内のペストの蔓延で明治38年1月1日に降伏した。するとステッセリ少将は降伏した罪で1908年=明治41年2月に軍事裁判にかけられ一度は死刑判決を受けたが翌年に禁固10年に減刑されて釈放後は茶を売って余生を送った。それだけでなくバルチック艦隊を率いてユーラシアとアフリカ大陸を周回したロジェストヴェンスキー大将も日本海海戦の敗戦責任を問われて軍事裁判で少将に降格され、ロジェストヴィンスキー大将の負傷後に指揮を引き継いだネボガトフ少将は降伏した罪で死刑判決を受け、後に禁固16年に減刑されたが獄中で発病して釈放直後に死亡している。ロシア軍にとって降伏は帝国陸海軍と同様に死に値する重罪なのだ。
「この調子では戦車を突入させるしかないですね」「奴らは携MAT(携帯式対戦車ミサイル)は持っていないのか」「主要な武器は大型フェリーと一緒に沈んだようです」「それで何をするためにここで頑張っているんだ」最後の一周を始めながら機長にはロシア軍の考えていることが判らなくなった。確かにロシア軍は本来、大型フェリーに満載した戦車や自走砲、装甲車を上陸させて網走を起点に道北を突破して旭川を制圧し、南下の気配を見せることで道央の部隊を引き寄せ、道東から上陸した部隊と連携を取りながら北海道の自衛隊を翻弄するはずだった。それが頓挫した以上、撤退させるしかないが輸送手段は新潟への侵攻に投入していて空きがない。だからと言って食料の補給さえも滞ってしまうと太平洋諸島の日本軍守備隊と同じ末路を辿るしかなくなる。ロシア語では「全滅」を美化した「玉砕」のような表現があるのだろうか。
  1. 2023/06/20(火) 15:15:49|
  2. 夜の連続小説9
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