「ロシア軍は対人地雷を多用しますね」「この間の雪うさぎのラジオのニュースでも新潟に潜入取材していたイギリス人記者が宿営地のPOM3で死んだらしい」「POM3を使ってるとなると厄介だな」同じ頃、道東の根釧台地でロシア軍の掃討作戦を開始している第5旅団では国後島から飛来したヘリコプターが大量にばら撒いた対人地雷に苦慮していた。
中でもPOM3は従来の対人地雷のように人間が踏んだり、ワイヤーなどに引っ掛からなくても電子信管が振動に反応し、それを動物や車両などの機械と識別して作動する。そのため普通科が徒歩であれば戦車が先導しても人間に反応してしまう。作動すると円筒状の本体が1メートルから1.5メートルまで発射されて爆発し、1850個の金属片を16メートルの範囲に飛散させる。8メートル以内では防弾ヘルメットや防弾チョッキも貫通して戦死する可能性がかなり高い。POM3は埋設する必要がないので上空からばら撒けば十分なのだ。
「ウクライナ軍の反転攻勢でも地雷原に遭遇した部隊の損害が甚大で予定外の苦戦を強いられたらしいが、ウチもかなり苦労しそうだな」「70式では反応しない上、92式で誘爆させるのも困難なようです」「サミダレかァ、懐かしいな」陸上自衛隊は外国の陸軍では類似品を聞かない地雷排除装置を実用化している。それはロケットが長い爆索を引いて飛び、地面を擦ることで敵が陣地前面に埋設している対人地雷を起爆させる70式地雷原爆破装置で、西部方面隊では鎖を広げて飛んでゆく姿からサミダレと呼んでいるそうだ。一方、70式は射程距離が550メートルなので突撃線を啓開するには小銃や機関銃の弾丸が十分に届く地点(KP=キル・ポイント)まで接近する必要があり、起爆させる効果にも疑問が指摘されて新たに開発されたのが92式地雷原処理車だ。これは新型のロケット弾を73式装甲車に搭載した車両の名称だが、ロケット弾も大幅に改良されていて上空でパラシュートが開いて弾体後部から26個の爆薬が着いた500メートルほどの長さのワイヤーが引き出され、地上で爆発することで対人地雷を処理する言うものだ。これなら振動起爆式のPOM3本体は破壊できなくてもアンテナや電子信管などの精密部品を破壊できる可能性はあるはずだ。
「ロシア軍のヘリコプターの飛行経路は判っているのか」「航空の三沢に問い合わせました。撃墜したヘリも形見のように撒いていますからかなり広範囲になります」旅団幕僚長の質問には情報担当の2部長が答えた。旅団幕僚長としてはヘリコプターが通過した経路と地上部隊の活動地域が重なる範囲を排除作業の対象に指定するつもりらしい。
道東へのロシア軍の侵攻はヘリコプターによる空輸が中心だったため旅団司令部としても三沢基地の北部航空方面隊指揮所から防空情報の収集に努めてきた。現在は矢臼別演習場の野戦陣地で指揮活動を実施しているため問い合わせに対して襟裳岬のレーダーサイトから兵器管制幹部の伝令が車両で資料を届けに来て質疑応答していった。
「ヘリの搭乗員の捕虜もいたはずだが」「そちらは121警務隊に尋問を依頼していますが一切答えないようです」「流石に飛行士官ともなる度胸の座り方が違うようだな」敗戦後の日本では治安維持法を担当する特別高等警察が行った政治思想犯の摘発と拷問を民間人に対する職務権限がなかった陸軍の憲兵に押しつけているのでナチス・ドイツのゲシュタポのような悪者扱いされているが、実際は法令順守が徹底されていたため戦争中も捕虜を虐待する一般部隊を厳格に取り締まっていたのだ。その一方で日本軍ではアメリカ軍の都市への無差別爆撃を戦争犯罪と断定して捕虜にした搭乗員を処刑する事案が続発して敗戦後のB級戦犯の軍事裁判では命じた将校だけでなく実行した下士官兵まで有罪とされて死刑になっている。
「中越戦争の時、中国人民解放軍はもの凄い地雷排除をやったんだったよな」「兵隊を横一線に並ばせて弾が飛んでくる中を歩かせたって言う奴でしょう。我々には信じ難いですが実話のようです」「中国軍は朝鮮戦争でもアメリカ軍の弾薬よりも多い兵隊で突撃すれば陣地まで達することができるって実行したんだからあり得るだろう」唐突に副旅団長が質問し、3部長が答えると何故か怪しい表情を浮かべた。
「まさか、ウチでもやろうと言われるんでは・・・」「勿論、ロシア軍の捕虜でな」副旅団長が冷たい笑顔を作ったので周囲はジョークにするために笑ったが続出している戦死者と負傷者を思えば心のどこかで賛同していた。ロシアは1997年1月23日にオタワで締結された「対人地雷の使用・貯蔵・生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約」に調印していないので違法行為ではないが、日本のアイヌ民族に対する迫害への懲罰を口実に北海道に侵攻している安全保障理事会常任理事国としては非人道性が際立ち過ぎている。
「幸いにして北海道は知事が早めに住民避難を進めたおかげで住民の被害が出ていませんがウクライナのようにブービートラップまで仕掛けられれば大変なことになっていました」「ロシアはブービートラップ禁止条約は批准していますがこちらも守る気はないようですね」ブービートラップ禁止条約=「特定通常兵器使用禁止制限条約」が締結されたのは1980年10月10日なので調印・批准したのはまだ常任理事国としての自覚があったソビエト連邦だった。
- 2023/06/22(木) 13:50:33|
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