fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ528

北部航空方面隊から届いた資料によれば国後島の基地を発進したロシア軍のヘリコプターの道東上空の徘徊は距離が近いだけに想像以上の頻度だった。航空自衛隊は襟裳岬沖で第2航空団のFー15を空中待機させているが釧路演習場に配備している第2移動警戒隊のレーダー・J/TPSー102Aが捕捉できないほどの低高度で侵入されると要撃が間に合わず、知床半島に展開していた改良ホークや普通科中隊の携帯SAMで対処することになった。それで撃墜してもそれまでに通過した地域にはPOM3をばら撒いているので別海駐屯地の第3中隊に続いて帯広駐屯地から根釧台地全域に展開しようとした第27普通科連隊も大きな損害を被った。ただし、陸上自衛隊では1997年12月3日のオタワ条約で禁止されるまで保有していた自前の対人地雷以上の認識を持たず、本体の信管を踏まないように、信管につながるワイヤーを引っ掛けないように未舗装の道路では車両の轍を選んで歩き、不整地では足元に注意を払うことが対策で、人間の徒歩による地面の振動で起爆するPOM3には為す術(すべ)がなかった。
「移動は車両がなければ自転車にしろ」「つまり銀輪部隊ですね」北部方面隊から届いたPOM3の資料を熟読した旅団長は第3部長に対策を指示した。資料によればPOM3は本体とは別の電子信管=センサーが2足歩行の人間特有の振動を識別して起爆させるとある。つまり突撃路を啓開することを使用目的とする92式地雷原処理車のロケットや70式地雷原爆破装置では役に立たない。むしろ4足歩行の動物や車両などには反応しないのでそれを逆手に取ろうと言うのだ。
銀輪部隊は対米英中戦争の開戦前のフランスのナチス・ドイツへの降伏を受けて植民地のベトナムに進駐した作戦に始まり、緒戦のマレー半島南進やフィリピン戦線でも活躍した自転車に乗った部隊の愛称だ。昭和16年12月8日にマレー半島に上陸して部隊編成を整えた日本陸軍がシンガポールに向けて南進するのに物資を積んだトラックの輜重部隊と徒歩の歩兵の進撃速度の差が問題になった。すると当時の東南アジアではアジア人の体格に合っていて品質が良い日本製の自転車が普及していたから現地で調達して歩兵に使わせたのが始まりだった(通常は馬の指揮官も自転車に乗った)。すると自転車はトラックが通れない狭い道でも通過できて川も担いで渡ることができるので先行するようになり、やがて工兵も自転車に乗らせて先に道路や橋を整備してトラックを追いつかせるようになった。しかし、あくまでも現地調達による応用動作なので帝国陸軍が正式採用することはなく他の戦線で踏襲・模倣されることはなかった。
「と言っても現在のロシア軍は集落に潜伏しているだけで戦闘は発生していません」「時々、野生動物を銃で捕獲しているのを見つけますが、こちらに気がつくと逃げ出します」「畑でも同様です」「川で遡上してくる鮭を獲っていて熊に襲われた兵隊もいました」旅団長の妙案に一様に感心した後、若手の幕僚たちが現状報告で必要性を否定し始めた。道東のロシア軍は全域が自衛隊に奪還されているためラジオ放送の隠語などで事前連絡した地域にヘリコプターが最低限の物資を投下しているがそれも途絶えがちになっている。それでも中標津町周辺は北海道でも有数の馬鈴薯の産地であり、葉物野菜とは違って土中で保存が利くから食糧事情はそれほど悲惨ではない。それにしても川で羆に襲われた兵隊には同情してしまう。
「何時までもロシア軍を放牧しておく訳にはいかないんだ。そろそろ捕獲するか駆逐するぞ」若手の幕僚たちが自分の失言に気がついて一斉に黙ると旅団幕僚長が真意を代弁した。つまり第5旅団が反転攻勢に出るに当たっての対策と言うことだ。
「美幌から6(即応起動)連隊が北への退路を断ち、27普連と4普連が2戦車と共同で掃討作戦を展開する。道東の市街地と集落を漏れなく捜索して1人残らず見つけ出せ」「要するに治安出動として不法侵入者を逮捕しろと言われるのですね」旅団幕僚長の代弁を受けて1部長が補足した。ロシア軍が攻勢に出るか、激しく抵抗すれば戦闘として撃滅すれば良いのだが現状では不法侵入者以上の存在ではない。投降したロシア兵を帯広で取り調べている第121地区警務隊も戦争法に基づく捕虜ではなく不法入国、武器等の不法所持などの犯罪者として処理しているらしい。そうなると治安出動としての警察権の行使で対応せざるを得ない。
「ところで総監が言われていた北方領土奪還作戦はどうなりましたか」唐突に3部長が妙な話題を持ち出した。陸上自衛隊では防衛出動は作戦と部隊運用を担当する3部、3科の独壇場になるが治安出動では警察との綿密な調整が必要になるため1部、1科の果たす役割が大きくなる。その微妙な空気を読んで搔き乱そうとしたようだ。
「アタッテクダケロ2×(西暦の下二桁)のことか・・・あれは7師団と11旅団の担当らしい」質問には旅団幕僚長が答えた。北部方面隊としてはロシア軍が参戦すれば空挺部隊による道央への奇襲に続き、道北と道東から大軍で侵攻してきて迎え撃つ2個師団と2個旅団で壮絶な地上戦を繰り広げる作戦構想だった。ところがウクライナ侵攻で消耗した戦力は想像以上に脆弱で1個師団、1個旅団で十分に対応できる程度の部隊しか上陸させず、陸上自衛隊唯一の機甲師団と「士魂」を受け継ぐ1個旅団は宝の持ち腐れになってしまった。そこで方面総監が言い出したのが北方領土奪還作戦・アタッテクダケロ2×だ。実は防衛大学校の同期の北部航空方面隊司令官とは個人的に話をしているらしい(海上自衛隊の大湊地方総監は一般(部外)幹部候補生出身)。
  1. 2023/06/23(金) 15:41:42|
  2. 夜の連続小説9
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<6月24日・伊52が大西洋で撃沈された。 | ホーム | 天皇は先代=平成の天皇の過ちを国民に謝罪せよ。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/8508-5e6696c8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)