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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ534

山中1尉は父からの電話を切って考え込んでいた。父は隊友会の役員として参加した建軍駐屯地で開催されたフィリピン人と台湾人の義勇兵の激励会の感想を参考になると思って伝えてきただけだが、山中1尉には現在直面している問題に結びつく情報だった。
鹿児島県西部の東シナ海にある甑群島は劇画とドラマの「ドクター孤島」の舞台になった離れ島で航空自衛隊第9警戒隊は下甑島の断崖絶壁600メートルの山頂にある。山中1尉は警備隊長として赴任するに当たり、父の現役時代の課程教育の卒業アルバムから自宅の住所を調べておいた航空自衛隊の警備の神さま・森田敬作定年2佐に連絡を取って助言を仰いだ。すると無理難題に近い回答が返ってきた。
「島に上陸させないための監視とされた時の初動対処・・・か」この島は山岳レーダー・サイトでは山麓になる。森田定年2佐は第3術科学校の警備課程で航空基地については国内留学したアメリカ軍の憲兵隊で学んだ市街戦と警察の機動隊式のデモ対処が中心だったが、レーダー・サイトでは陸上自衛隊の富士学校の普通科AOCに入校して習った狙撃を射撃技量の演練だけでなく狙撃する場所の選定、潜伏や狙撃後の退避まで伝授していた。そのため少数の警備職の隊員を登山道に配置することで戦闘態勢を維持しているが、森田定年2佐はこの重大な課題もつけ加えていた。森田定年2佐の助言は見島、福江島、沖永良部島、久米島の離島や背振山、高尾山、高畑山の山岳のレーダー・サイトに警備隊長として派遣された教育幹部の1尉たちにも周知しているが誰も正解を導き出していない。
「下甑事案の前例があるから中国人が潜入することは十分にあり得るんだよな」山中1尉は着任して第9警戒隊本部の運用管理班で読んだ1997年2月3日の「下甑島事案」の顛末を思い出した。「下甑島事案」はあくまでも事件ではないとしているが重大かつ深刻な問題を提起したまま放置されてきた。
1997年2月3日の早朝に下甑島の民宿に突然、言葉の通じないアジア人男性が4人現れ、たまたま主人が留守だったため妻は慌てて宿泊客を起こし、警察に通報して大騒ぎになり、その日のうちに島内で20名の不法侵入の中国人が逮捕された。すると前年の秋、韓国の海岸に北朝鮮の潜水艇が座礁しているのが発見されて不法侵入した乗組員を完全武装した韓国軍が捜索して発見、交戦する事件が発生し、その場面がニュースでも報じられていたことで「下甑島にも北朝鮮か中国の潜水艦の乗組員が不法侵入したのではないか」と言う噂が島内に広まり、役場に対応を迫る声が一気に高まった。しかし、下甑島には2ヶ所の駐在所に警察官が1名ずつしかおらず、九州からのフェリーは天候の回復待ちをしていて鹿児島県警からの応援は不可能な状況で、消防団を中心にした島民の捜索隊が編成され、島内の山狩りが行われることになった。当然、町役場は第9警戒群(当時)にも隊員を差し出し、捜索への参加させることを要請したが平時の自衛隊には捜査権や逮捕権はなく、ましてや武器の使用は絶対に許されず、ピクニック、ハイキング同様の位置づけの野外訓練の命令を発令し、隊員を山狩りに参加させたのだ。
現在は治安出動が発令されているから警察官職務執行法の範囲で対応できるが、武装した敵が上陸してくれば交戦になり、離島サイトの人数では対応し切れないのは目に見えている。頼りの陸上自衛隊西部方面隊は2個師団、1個旅団で対馬海峡から奄美と沖縄の南西諸島までを担任していて離島への守備隊の分散配置は考えておらず、着上陸時の初動対処は航空自衛隊が独力で実施しなければならない。何よりも長崎県、鹿児島県、沖縄県の知事は自衛隊の防衛出動に反対していて離島からの島民の避難を拒否しているため自衛隊は戦闘と住民保護を両立させなければならない。
山中1尉は幹部候補生学校の卒業序列から見れば本来、3佐になっていても不思議はないのだが開戦初頭の教育幹部の日本海側レーダー・サイトへの派遣拒否と一斉退職を受けて航空自衛隊内では「裏切り者の昇任を許すな」と言う空気が充満していて巻き添えを喰った形だ。今回、各術科学校や地方協力本部から西部・南西航空方面隊のレーダー・サイトに派遣された教育幹部たちは北・東日本に限定されている第2教育群の教育幹部と教育職の空曹士たちの功績に対する評価を西日本にも周知するべく意気込んでいるが気合いでは解決できない限界は実感している。
  1. 2023/07/02(日) 11:14:42|
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