「北海道の制圧が完了したようだ」福生市の宿舎に帰った私は玄関で出迎えた梢にニュース速報した。北海道での反転攻勢は戦闘の激化を危惧する石田首相によって封印されていて立野官房長官や釜田防衛大臣も記者発表は行っていない。それでも北海道知事は政府の意向を無視して地元マスコミだけに戦況を漏らしているので数日遅れで新聞に載っている。しかし、相変らず日本人の記者は現地取材には赴いていないようだ。おかげで自衛隊はマスコミの反戦扇動報道が手枷足枷になったベトナム戦争におけるアメリカ軍のような不条理で深刻な苦労はしてない。あの頃、反戦女優として人気を博していたジェイン・フォンダは北ベトナムを訪問して高射砲を操作しながら笑顔で「何機のアメリカ軍機を撃墜したのか」を質問していた。つまり本性は反戦ではなく反アメリカであって同胞が殺されることに快感を覚えていたのだ。
「そうなると出張するんでしょう」「北海道での戦闘で双方に戦争法違反がなかったかを調査したい。ついでに・・・」「ロシア軍の埋葬地で供養を勤めたいのね」「うん・・・」ニュース速報の後は習慣通りに抱き締めて口づけすると洗面所でウガイをしながら話が続いたが、流石に梢はすべてお見通しだった。
私は市ヶ谷地区の警務隊本部でロシア軍の戦争犯罪に関する情報を収集する一方で統合幕僚監部で戦況も確認しているが、自衛隊は防衛出動が発令されず治安出動と海上における警備行動、対領空侵犯措置の警察権の行使として戦闘を実施しているので戦争法に違反するような過剰な攻撃はできない。ロシア軍も上陸した網走市と道東は住民が事前に避難したため毎回繰り返している文民虐殺を起こしたくても相手がいなかった。
それでも鈴鹿山脈の高圧電線の高架鉄塔で作業中の隊員を銃撃した在日中国人を射殺した隊員の刑事裁判の弁護を担当している牧野弁護士から聞いた話では一部の弁護士団体が韓国、中国、ロシアとの武力衝突が始まって以降に敵を殺傷した自衛隊員を殺人罪や傷害罪で刑事告発する準備を進めているらしい。
私自身も北キボールPKOで現地人暴徒との戦闘に巻き込まれて3人を殺害したことで社人党党首の徳島水子弁護士の刑事告発を受けたが当初、牧野弁護士は「刑法199条の殺人ではなく211条の業務上過失致死ではないか」と量刑を軽くすることを目論む常識的な法廷戦術を採っていた。それに私が「戦争法は平時にも状況によっては適用される」と検察と弁護の両方に反論したことで「戦闘中の敵の殺害は正当行為である」と言う国際常識だが戦後の日本では前例がない認識が採用された。
そうなると私は自衛隊の弁護側に立つべきだが検事に任官しているのでそれは許されない。ならば私が検察官になって始めから試合放棄の裁判で亡国弁護士たちの政治的策略を阻止するべきだが、次席検事しかできない下っ端ではそれも不可能だ。何にしても色々と不満ばかりがつのる職務だ。
「ニュースです。北海道庁からの情報では陸上自衛隊は網走市付近でのロシア軍の制圧を完了した模様です」夕刊を読みながら梢が夕食の支度を待っていると点けている国営放送が数日前に持ち帰った情報をニュースにした。通常、自国の軍の勝利を報じる時のアナウンサーは得意満面の顔をして声まで上ずらせて熱弁を奮うものだが日本のアナウンサーは無表情に一切の感情を交えずに原稿を読み上げた。ジェイン・フォンダではないが余程、自衛隊の活躍が気に入らないらしい。
「北海道庁の説明では網走市を包囲していた陸上自衛隊の戦車と普通科連隊が捜索を進めながら中心街まで包囲網を縮め、一昨日に残った市役所に突入したところロシア軍の司令官が死亡しているのを確認したとのことです。死因は未発表ですが過去の戦例から見て自殺の可能性が高いでしょう」「司令官ってそんな偉い人がトップだったのね」そこに料理を運んできた梢が専門知識を発揮した。私の古巣の航空自衛隊では司令官と呼ぶ役職は航空方面隊や集団と言う空将が務める大組織の長で、私が勤務していた頃の沖縄は南西航空混成団だったため長は混成団司令だった。その点、現在は南西航空方面隊になっているので司令官だ。
「それは日本のマスコミの無知だよ。網走に上陸したのは1個戦闘団程度だから指揮官は普通なら大佐、偉くても少将だろう。肩書も司令か隊長が適当だな」「ロシア語では司令官はコマンディア、司令はコマンダ、隊長はカピタって違うから取材するべきね」今度は語学の知識で追い討ちをかけた。私もロシア語を使わないことはないが英語と同様に会話が専門で、万能通訳を目指して勉強に励んでいた梢には適わない。
「北海道には連れて行ってくれるんでしょ」「妻ではなく秘書としてならな」「新婚旅行じゃあないのね」座卓に向かい合って座ると梢は料理を見回している私に妙な申し出を投げかけた。確かに入籍を持って結婚と言うのなら私たちは新婚ホヤホヤだが、戦場の現地調査では楽しく美しい思い出作りにはならない。オランダ時代、梢は通訳として内戦後のスリランカやタリバーンの復権が進むアフガニスタンの現地調査に同行しているが、私としては佳織に墓参させた山形県最上郡戸沢村の祖父の実家に連れて行って祖先の霊に再婚の報告をすることで新婚旅行に代えたいと考えている。それに沖縄に残している義母の様子を見に行かせる必要もある。

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- 2023/07/09(日) 15:09:11|
- 夜の連続小説9
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