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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ544

予算が必要なければ出張が簡単に決まるのは法務省も同じようで私の北海道での現地調査は呆れるほど迅速に決済が下りた。航空自衛隊では輸送機を使えば無料で移動できるため空曹でも気軽に全国を飛び回っていたが、陸上自衛隊に転換してからは幹部でも予算の裏付けが必要で予定外の出張はご法度だった。そのため私は中隊長になると事務室の庶務係の陸曹に航空自衛隊の輸送機への搭乗申請と最寄りの基地までの車両の運行を手配させたがベテランの陸曹でも未経験だったようで「勉強になりました」と半分は皮肉の礼を言われた。一方、日本の検察官は下っ端でも自衛隊の中隊長以上に偉い立場のようで手続きは事務局が請け負ってくれた。
「貴方の服だけど・・・」出張が決まると梢はオランダの頃の旅行のように準備を始めた。オランダでは2人で出かける観光旅行と国際刑事裁判所の次席検察官としての紛争地帯の現地調査でも梢に荷物の準備をさせたが、今回の出張への同行はアフガニスタン以来だ。考えてみれば佳織や美恵子に演習の準備をさせたことはなく、梢はすでに自衛官の妻として2人を超えていた。
「不整地を歩くことになるから作務衣に半長靴のつもりだけど・・・似合わないよな」「普通のゴム長靴なら見ないことないけど編み上げの半長靴は変よね」私の答えに梢は苦笑しながら同意した。帰国して以来、私は最高検察庁に顔を出すだけで市ヶ谷地区に直行して終日、警務隊本部と統合幕僚監部で調査する単調な生活の気分転換に毎週のように梢と戦火が及ばず、治安が保たれている地域に日帰りか一泊二日の小旅行に出かけている。そうなれば当然、お寺巡りになるので中には修行僧たちが作務衣で頭には白タオルを巻き、ゴム長靴を履いて庭作務に励んでいる本山や僧堂もあった。
「梢はどうするんだ」「私はスイスに行った時の服装よ。Gパンにトレッキング・シューズ(簡易登山靴)、上は気温や天候で決めるわ」確かに私たちのヨーロッパでの旅行はスイスに限らず北欧でも原野を歩き回ることが多く、最初にスイスに行った時に買ったトレッキング・シューズは大活躍した。アフガニスタンに行った時も梢は顔はイスラムのブルカで隠し、裾が長いアバヤを着ていたが、その下にはトレッキング・シューズを履いていたはずだ。ところが私はアレクサンダー・レーア大尉の民宿に泊まったついでにグラウビュンデント州バートラガーズのスイス陸軍民兵の訓練に参加するため陸上自衛隊の迷彩服で通していた。そのため定年退官後は服装に困り、普段は作務衣、紛争地帯への出張では階級章を剥がした迷彩服の両襟に自前で作った国際刑事裁判所の徽章を縫い付けて着ていたが、この徽章も日本国内では軽犯罪法第1条の第15項「官公職、位階勲等、学位その他法令により定められた称号、若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称し、又は資格がないにもかかわらず法令によって定められた制服、若しくは勲章、記章その他の標章、若しくはこれに似せて作った物を用いた者」に該当して拘留又は科料を受けてしまう。何にしても堅苦しい国だ。
「陸上自衛隊の迷彩服は法令によって定められた制服、国際刑事裁判所の徽章も記章その他の標章になるから駄目なんだよな」「そうなのよね」梢は若い頃にも私から自衛隊に関する雑学を教えられていた上に今回の同居生活でそれが上積みされているので相槌も極自然だ。ところで日本ではサバイバル・ゲームで89式小銃のエア・ライフルを愛用している参加者が陸上自衛隊の迷彩服を着ているらしいが階級章まで着用すると軽犯罪法違反になる。その前にハーグ陸戦の法規慣例に関する条約の同名規則の第1款第1章第1条が定める交戦者の資格要件を満たしているので敵が攻撃してきて殺害されても文句は言えない。
「作務衣に威儀細なら戦地における傷者及び病者の状態の改善に関する1948年8月12日のジュネーブ条約が現地部隊に通行義務を課している宗教儀礼のために赴く宗教者になるから変でも作務衣に半長靴にするか」「そこで私の提案、ジャジャジャン」私が結論を出すと梢は帰国後に見始めたテレビの視聴者が持ち込んだお宝を鑑定する番組の査定金額発表の時のBGMを口にしながら畳んだ不可解な服を差し出した。それは私が空曹時代に着ていた航空自衛隊の作業服だった。航空自衛隊の作業服は「滑走路のコンクリートへの迷彩」と説明している灰色で長年目にしないと自衛隊の服装には見えない。
「3等空曹の階級章を剥がすのは残念だったけど代わりに今の徽章を縫い付けてみたわ」手を伸ばして取った作業服を広げている私に梢が説明した。確かに襟には国際司法裁判所の徽章と並べるようにオランダの刺繡店で作ったものの幹部候補生徽章のようで止めた日本の検察官徽章が縫い付けてある。しかし、どこで見つけたのか名札まで「83空・修・モリヤ」の那覇時代の物に縫い替えてあった。
「航空の作業服は変な迷彩服に変わったんでしょう。作業服の貸与期間は20ヶ月だからもう使っていないはずよ。だったら部外者が着ても問題ないじゃない」やはり梢の自衛隊の生活に関する知識は佳織を超えている。私はオランダで陸上自衛隊の制服を着る時には前川原で作った2代前の70式制服を愛用していたが、服装規則違反を犯す後ろめたさから梢に服装に関する蘊蓄(うんちく)を吹き込みまくったのかも知れない。
  1. 2023/07/12(水) 15:34:47|
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