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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ546

「これより当機は入間基地を離陸して北海道旭川空港に向かいます。到着時間は11時45分を予定しています。なお旭川の天候は曇り、気温は・・・」陸上総隊の幕僚長以下が前から2人掛けの座席に1人ずつ座ると私と梢は最後列の席に並んで座った。今回も梢が窓際だ。Uー4が軽いエンジン音を立てながら誘導路に入ると機長が客室案内を始めた。窓からエプロンに並ぶ中部航空方面隊司令部支援飛行隊のTー4や第2輸送航空隊のCー1、飛行点検隊のUー125とUー680、ヘリコプター空輸隊のCHー47などを見て興奮気味の梢はソフトな民間航空のような口調に感心して声がする天井のスピーカーを見た。搭乗する前、搭乗口の階段の下で機長と副操縦士は陸将補の陸上総隊幕僚長に挨拶していたが、緑色のツナギのパイロット・スーツを着ていても物腰が柔らかく、豪放磊落な戦闘機パイロットを見慣れていた私には少し違和感があった。
「入間基地と言えば曹候学生の後輩が千歳基地のFー15のシェルター(防弾格納庫)の扉に挟まれて殉職した時、部隊葬に参列する遺族を乗せたC-1が大雪で埋まった滑走路を離陸中に擱座する事故があったんだ」Uー4が滑走路の端に出て輸送機のCー1やCー2とは違って防音性が優れているUー4の機内にも出力を上げたエンジン音が響いてくると私は縁起でもない思い出話を始めた。その後輩は作業を終えると外は雪混じりの天候になっていてシャルター脇の開閉スイッチまで行くのが億劫になり、中のスイッチを押して駆け出そうとしたところ間に合わず下半身を重い電動式の防弾ドアに挟まれて圧死したのだ。
「でも家族は大丈夫だったんでしょう」「お母さんが顔面を打って額に怪我をしたはずだ。頭に包帯を巻いて部隊葬に出たんだよ」梢は息子を失った悲しみに追い討ちをかけるような痛ましい事故の話題でも冷静に反応した。あの事故が起きたのは梢と引き裂かれた後だったので記憶には残っていないはずだ。逆に美恵子には熱弁を奮ったかも知れないが本音では自衛隊に関心がないかったから左右の耳を素通りしたのだろう。
「何よりもそのニュースを伝える民放のアナウンサーが『まるで呪われた家族ですね』と言いやがって腹が立ったが、教育隊の班長連中が『鍛え方が足らなかったから間に合わなかった』と笑っていたのも許せなかったな」その後輩の期では休暇中に交通事故で死んだ隊員もいて2人の遺族は曹候課程を担当する2個中隊に競技会用の優勝旗を寄贈した。航空教育隊に転属して娯楽室に飾ってあるその優勝旗を見ながら私の7期でも最初の体力測定の1500メートル計測で同期が殉職した話をすると傍にいた班長たちは馬鹿にしたような口調で殉職した後輩を揶揄したのだ。転属早々に航空教育隊に失望した出来事だった。
ゴー、「いよいよね」「Cー1からは外が見えないから入間から離陸する風景を見るのは初めてだ」吹き上がったエンジン音と同時にUー4が走り出すと窓には誘導から見たのとは逆側の風景が流れていった。入間基地の滑走路はほぼ南北に設置されていて稲荷山公園駅から入った門と官用車で通ってきた経路は西側になる。反対の東側には高射群の展開地があり、妙に整った台形の草地の土手が並んでいる。私は那覇基地で第5高射群のナイキJの施設を見学したことがあるが、アメリカ軍から引き継いだ施設は地下式でミサイル攻撃にも耐え得る頑丈な鉄製の扉が開いてナイキJがせり上げってくる光景は子供の頃に見たサンダーバードやウルトラセブンの特撮シーンようだった。ところが航空教育隊からの築城基地研修で見学した第2高射群の展開地は周りを土手の掩体で囲っているだけで拍子抜けした。やはり沖縄を防衛しようとしていたアメリカ軍は気合が違ったようだ。
「こうして見ると関東平野って広いのね」「ヨーロッパの平原に比べると負けるけど日本最大の平野なのは間違いないな」Uー4が高度を上げると急速に視界が開けてくる。入間基地は関東平野でも西寄りの中央付近にあるので梢が何度か利用した成田空港や羽田空港とは風景が違う。今回は北海道に向かっているので霞ヶ浦の上を通過して太平洋岸に沿って北上するため進行方向左側の席の梢の眼下には我が郷土・岡崎が生んだ東照神君・徳川家康公が眠る日光東照宮が鎮座する日光高原や秩父山地など北関東の山々が広がっている。
「貴方と名古屋空港に行った時には遠くに日本アルプスの岩山が見えたけど今度の山脈は緑に覆われていてヨーロッパ・アルプスとは全然違うわ」これは私も同感だった。ヨーロッパにも深い緑の森林をまとう低い山はあるが日本に比べて形が峻険だ。その点、日本の山脈は上空から分水峰を見下ろせば峻険でも横から眺めればなだらかで野生動物や鳥や虫が生活の場としていることが実感できる。これが私たちが祖国とする国の姿なのだ。そんな優しい大自然を見ていると私の胸に異教徒を皇后にしたことで日本古来の神々を怒らせて異常な頻度で大災害を続発させている先代と今の天皇には許し難い怒りが沸き立ってきた。下手すれば帰国する直前にオランダで耳にした天皇の妻と娘が亡命して王室に匿われると言う噂も秘かに実行されているのではないか。戦前の皇族の男子はヨーロッパの王室に倣って身心の健康上の理由がなければ漏れなく陸海軍の軍人になっていた。それも安全地帯で保護されるのではなくアジア各地の戦争に赴いて戦病死した皇族もいる。「昭和は遠くなりにけり」明治でなければ中村草田男の「ふる雪や」の句ではない。
  1. 2023/07/14(金) 14:35:54|
  2. 夜の連続小説9
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