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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ549

「日本人の工作員を使った破壊工作から始まったんですね」「ご存知ありませんでしたか」「オランダでは報道されませんでした」茶封筒の表には発生年月日と住所、それに当事者の所属、階級、氏名が記してあった。一番上の最も日付が古い茶封筒の階級がある3人の中でも「予備3曹・森田謙作」の横には丸印が付されている。オランダでも我が家が購読していたイギリス発行の英字新聞ではロシアの工作員とは報じていなかったものの第一報は掲載していた。ところが在ヨーロッパの日本の新聞社が「抗議に訪れた反戦平和運動の活動家を自衛隊が殺害した」と喧伝し始めたため在ヨーロッパの日本大使館の説明は搔き消されてしまった。
「この事案は根室半島に展開していた空自の6高群の全滅と同時進行でした。つまり自衛隊の防空体制を破壊して即座にヘリコプターが急襲する作戦だったようです」私は茶封筒の中の報告文書は警務隊本部で熟読しているので梢に回し、現場写真に目を通していると警務隊長が補足説明した。
確かに北海道の地理条件から考えれば稚内と根室の防空体制を破壊した直後にヘリコプターで地上部隊を送り込んで占領すれば橋頭保は確保できる。しかし、それは稚内から旭川を通って札幌に至る経路が主要幹線であって北方領土から根室に上陸するのは迂回路=脇道だった。この作戦では主要幹線の方が失敗したためロシア軍は本格侵攻の見直しを迫られ、今回の失敗につながったようだ。
「森田謙作予備3曹かァ・・・聞いたことがあるな」ワゴン車の後部の窓ガラスの弾痕に続き後部座席で狩猟用ライフル銃を構えた姿勢で前席の背もたれに寄り掛かって死んでいる初老の男性の写真を見ながら私は茶封筒のおそらく実施者であろう丸印が付いた隊員の氏名を思い出した。それでも必死に思い出そうとしても記憶が絞り込めない相手らしく中々特定できない。私の独り言を聞いた前の席の警務隊長と隣りの梢が注視してくるので焦りも加わった。推理しようにも陸上幕僚監部法務官室時代を含めて第52普通科連隊第2中隊と言う所属部隊に接触はなく、即応予備自衛官の知り合いはいなかった。予備3曹では年齢的にも私が部隊勤務で関わった人物ではない。ところがこの糸口から回答に辿り着いた。
「そうかッ、安川が相談してきた曹候補士だな」私の2度目の独り言に梢も思い出したようで深くうなずいた。森田予備3曹は名寄時代の安川1尉が親しくしていた曹候補士でバイアスロンの実力では一目も二目も置く存在だった。当然、部隊でも将来を嘱望されて3曹に昇任すれば冬季戦技教育隊に入校させて冬季オリンピックの代表候補として強化合宿に入れる予定だった。ところが当時の北部方面総監が陸士よりも陸曹が多い階級構成を問題視して曹候補士の一律切り捨てを強行したのだ。安川3曹(当時)は不当人事への対抗措置を質問してきたが、どのように回答したのかは記憶にない。今考えても陸曹への昇任の決裁権は方面総監にあり、その印鑑を握っている人物が強権を奮えば所属隊員が対抗することは不可能だ。下手すれば反自衛隊のマスコミや野党への内部告発をそそのかしたのかも知れないが、その後、安川は幹部候補生に合格して今では1尉であり、森田謙作も即応予備自衛官とは言え陸曹になっているので事を荒立てることはしなかったようだ。
「モリヤ検察官は北方の凶事をご存知でしたか。あれは完全な緘口令が敷かれていて該当者は携帯電話を取り上げられ、駐屯地のポストに投函した書簡も郵便局員の収集時に差出人を確認して曹候補士の物は押収して本人に開封させたんです」「戦時中でもそこまでしなかったはずだがな。その方面総監は東條英機の孫じゃあないのか。3男の東條1佐は襟裳の群司令だったから縁はあるぞ」私の航空自衛隊時代に仕入れた情報に警務隊長は呆気に取られた後、曖昧に笑いながら首を振った。
超A級戦犯の東條英機首相は腹心の安藤紀一郎中将を治安を担当する内務大臣に抜擢すると特別高等警察を使って思想弾圧を厳格化した。それまでは共産主義暴力革命を標榜する活動家を対象にしていた治安維持法を戦争に反対する平和主義者にまで拡大し、やがて電話の盗聴や書簡の検閲まで始めて庶民の生活にまで監視の目を行き渡らせた。実は私が体育学校に入校した時、駐屯地の食堂で食中毒が発生したのだが駐屯地司令が同様の処置を命じた。営内者は通学者を含めて全面外出禁止、公衆電話は使用禁止、ポストに投函した書簡まで開封された。これは帝国陸軍も及ばない陸上自衛隊の情報隠蔽の秘技なのではないか。
「そう言えば森田予備2曹は江団別の捕虜収容所にいますから明日会えますよ」「そうですか。と言っても初対面ですがね」私が人物を特定したのを見て警務隊長が思い出したように補足した。私と梢はこれから警務隊の車両でロシア軍の輸送機2機が陸上自衛隊の第4高射特科群に撃墜された現場に行って調査し、夜は旭川市内のホテルは営業していないので平時には当直室として使っている部屋に泊まることになっている。梢は自衛隊の基地や駐屯地の中で眠るのは初体験だ。その前に屯田兵の資料を展示している北鎮記念館を見学したいものだが、観光客が来ない状況では開館していないだろう。それでも北鎮記念館の裏手にある「北鎮第7師団跡の碑」には勤経した。警務隊長は道路の向こうの護国神社への参拝も勧めたが私が断った。
  1. 2023/07/17(月) 14:47:53|
  2. 夜の連続小説9
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