1984年の明日7月20日に「激しい運動は身体を強健にする」と主張する著書が爆発的に売れ、全米で盛り上がったジョギング・ブームを牽引していたジム・フィックスさんがヴァーモンド州ハードウィックの州道15号線でジョギングしていて倒れ、搬送された病院で死亡が確認されました。52歳でした。
フィックスさんは1932年にニューヨークでタイム誌の編集者の息子として生まれました。1957年にオハイオ州の名門・オーバリン大学を卒業すると幾つかの雑誌社で編集者として働く一方で高度な頭脳の持ち主の交流を目的とする非営利団体のメンサに加入しました。
1972年に最初の著書「完全なランニングの本」を出版しましたが裏表紙には「ボストン・マラソンに向けたトレーニングで自宅近くの道路や小道を走っている」と「ジョギングの開始宣言」のような記述がありました。と言うのも当時のフィックスさんは体重97キロの肥満体で、1日に煙草2箱は吸う愛煙家だったので読者に健康法を勧められるような立場ではなかったのです。
それでも1978年に「奇跡のランニング・その効用と方法の完全報告」、1981年には「奇跡のランニング・誰にでもできる心と身体の健康法」と「再び奇跡のランニング・スポーツ科学が立証した走る健康法」と立て続けに著書を発表し、同時に27キロの減量と禁煙に成功したことで当時から肥満に悩む人が多かったアメリカで100万冊以上を売り上げるベストセラーになり、フィックスさんが筋肉質になった身体で軽快に走る姿がテレビや雑誌で取り上げられ、「走れば健康になれる」と言う教えは宗教のように浸透してアメリカ中にジョギング愛好者が大量に増殖したのです。
確かに長距離走を習慣にすると苦痛から脱却して恍惚の感覚に囚われることがあり、これをランナーズ・ハイと言いますが、脳内で快楽を与える脳波・α波とホルモン・βエンドルフィンが大量に分泌されることで発生する現象なのだそうです。この快感には麻薬と同様の習慣性があるため身体的負荷を追い求めて距離を伸ばし、速度を上げてやがてフルマラソン(最近は100キロマラソンもある)に出場するようになるようです。
しかし、2足歩行の人間の足腰は舗装した路面で長時間走る衝撃に耐えられるほどの強度はなく、心肺機能も同様で自衛隊でも持久走中に心不全で倒れる隊員は珍しくありません。実際、フィックスさんはコレステロールやカルシウムなどが血管に詰まるアテローム性動脈硬化症を患っていて検査を受けていればドクター・ストップがかかっていても不思議はない状態でした。
フィックスさんの死後、過剰な負荷をかけることなく会話しながら走ることができる速度が指導されましたが、ランナーズ・ハイに罹患している人は無視していました。一方、創設当初の自衛隊では運動器具を買う予算がなかったため最も安価な体力練成方法として長距離走=持久走が推奨され、現在も隊員たちは時間があれば駐屯地・基地の外周道路を走っていますが、これはあくまでも業務としての訓練なので負荷をかけるのも限界まで追求することになり、昔から自衛官の殉職理由では「持久走中の心不全」が上位を占めています。
- 2023/07/19(水) 15:07:22|
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