「息子の方は森田謙作予備2曹ですが、父親は確か敬作・・・定年2佐だったと思います」私の想定外の反応に警務隊長は「陸上幕僚監部法務官室時代に弁護を担当したのか」と推理したらしく何かを探るような目でこちらを見たがそれは外れている。すると第2中隊長は上司として把握している範囲で回答した。
「実は森田敬作定年2佐とは空自の曹学(一般曹候補学生)の同期でして航空自衛隊の第3術科学校で警備課程を開始するに当たって大いに活躍したことは各方面から聞いていたんです。今回の戦争で航空自衛隊が基地への攻撃を阻止できているのは森田元2佐の功績が大きいでしょう」各方面と言っても実際は第7期一般空曹候補学生の卒業前の課程の区隊長だった山中3佐=定年2佐から聞いた話が主だが、私が那覇基地で増加警衛勤務について要点配置されている歩哨では潜入する工作員を発見・阻止することは不可能だと痛感したことで基地警備戦闘の研究を始めたように森田は警戒管制員として配置されたレーダー・サイトの総合演習の基地警備訓練で仮想敵の陸上自衛隊のゲリラに好き勝手に攻撃されて全ての施設に赤字で「破壊」と書いた紙を貼られたのを見て同様の危機感を抱いたらしい。その後は入間基地の第2移動警戒隊に転属して増加警衛勤務につく一方で展開地の警備を担当するようになってプロ化したとのことだった。山中元3佐は奈良基地の幹部候補生学校でも会ったようだが中隊が違ったので詳しくは知らないと言っていたが、卒業前の信太山演習と呼ばれる基地警備訓練では前代未聞の警備計画を作成して区隊長を困惑させたそうだ。
航空自衛隊の常識では歩哨壕は高台の陣地を取り囲むように構築するが森田候補生は夜間の攻撃を想定して斜面の下に構築してゲリラの草地への潜伏を不可能にした。さらに予想接近経路に外哨を配置して敵が接近すれば後方から攻撃させることにしていた。結局、区隊長は森田候補生には指揮官を割り当てず事実上の不採用にしたが山中区隊長は「俺だったら『面白い、やれッ』とハッパをかけて思う存分やらせるがな」と笑っていた。
「森田親父は戦争法にも詳しかったんですね」「国内法では基地警備戦闘はできないから戦時国際法を根拠に戦うしかないと言っているそうです。ところが戦時国際法は陸軍の部隊同士の交戦を想定しているから基地警備戦闘には適応できない点が多いとかなり本格的に研究したようです」「それは鋭い指摘だな。例えば市街地にある基地では文民を戦闘から隔離することには限界がある。最大射程数キロの小銃を外に向けて発砲すればその範囲内にある住宅が被害を受けるのは当然だ。住民を避難させていれば問題ないが現行法では自衛隊の権限ではない」私の解説に警務隊長と第2中隊長は真顔で聞き入っていた。それにしても素人が戦時国際法と呼ぶ戦争法の基本原則の問題に気づくことができた森田定年2佐の研究はかなり高度だったことが分かった。
「ウチにとって幸いだったのは森田2佐が戦時に強制着陸させた外国軍機のパイロットは捕虜として基地内に拘束しなければならないと捕虜に関する戦時国際法も研究していてその成果を森田2曹に教育しておいてくれたことです。ウチはそのおかげでモリヤ2佐、元へ検事にお墨付きをいただけるような対応ができています」「なるほど・・・森田は航空自衛隊だったから能力を存分に発揮できたんだな。陸上では部内出身が防大、部外を超えるような能力を発揮することは組織が許さない。出る杭にされて土の中まで叩き込まれるか根元から切られて葬られてしまうよ」私の陸上自衛隊批判に現職の陸上自衛官2人は顔を強張られせて視線を外した。私はバブル期の募集難のため大学中退者にも拡大された応募資格で一般(部外)幹部候補生に合格したが、前々妻の美恵子の軽率な行動が服務事故扱いされて成績が急降下した。その結果、配属される部隊では「所詮は特例」「まぐれで合格した」と決めつけられて部外であっても部内同様の扱いを受けた。だからこの部内出身の2人の歯噛みするような思いも理解できるつもりだ。警務隊長は警務職種の定年が60歳なので2佐になっているが、3佐と同格の職務についている。私も司法試験合格者の特別昇任で2佐になったが万年1尉からの跳び昇任だった。
「森田の息子には会えますか」「現在は農場での作業の監視に行ってますが、昼飯時には戻ります」「捕虜の作業も見学したいが気を逸らして脱走を許しても困るからな」私の答えに第2中隊長は何故か安堵したようにうなずいた。私は久居駐屯地の第116教育大隊の第328共通教育中隊長だった頃には航空教育隊の感覚で気軽に訓練を見に行ったが、すると区隊長は訓練を中止して「気をつけ」を掛けた後、私の正面まで駆けてきて「科目・基本教練、細目・行進間の動作、実施中」などと仰々しく報告した。見学に出る時、中隊先任陸曹の作野曹長が遠回しに静止したが形式主義が蔓延っている陸上自衛隊では気軽な現場進出が業務を阻害することがあるのだ。
「農場には樋熊は出ないんですか。出れば発砲する必要があるでしょう」「今のところ出ていません」「待てよ。捕虜に脱走させて隊員が発砲すれば『実弾で射たれるぞ』って警告になるな」第2中隊長の安堵した顔が妙に癪に障った私は毎度の冗談で水を差した。梢はこれが冗談であることは熟知していて警務隊長も昨日からのつき合いで多少は慣れているが、免疫を持たない第2中隊長は一転して困惑した顔になった。しかし、検察官が視察に訪れれば作業を見学させるのは常識であり、そこに陸上自衛隊の感覚を持ち込むのはOBの私に対する甘えだ。
- 2023/07/21(金) 14:32:34|
- 夜の連続小説9
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