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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ555

「おう、親父にそっくりだな」「よく言われます」初対面の挨拶は航空自衛隊式だった。陸上自衛隊では陰口では散々に貶(けな)している相手でも顔を見れば姿勢を正してご高説を拝聴し、返事も知っている限り最高の敬語を使うのが常識なので元とは言え2佐の私と予備2曹の森田が握手を挨拶に代えて談笑しているのは異例だった。
「モリヤ2佐は父と曹学(一般空曹候補学生)の基礎(最初の基礎課程)と空候(最後の空曹候補者課程)で一緒だったんですよね」「どちらも同じ班じゃあなかったが、アイツは目立っていたからよく知ってるよ」「それはお互いさまでしょう。モリヤ2佐は同期の有名人だったって聞いてますよ」2人の掛け合いを聞いて警務隊長と第2中隊は「確かに」と声を揃えて相槌を打った。私は大学の法学部を中退して入隊したので20歳だった。2年間自衛隊で勤務してきた現職入隊の士長と同じ年齢でも高校を卒業してそのまま入った18歳の新人と同じ2士だった。それでも中退した大学はそれなりの知名度だったので受験勉強していた新人組からは妙に尊敬された。特に課程開始早々の防衛法規の授業で区隊長が日本国憲法第9条を当たり障りなく解説した時、大学の憲法学の講義で教授が熱弁を奮った学説を朗々と語り、区隊長たちからも一目を置かれてしまった=敬遠された。
一方、森田曹候生は頭脳明晰な上にスポーツ万能で連休明けの学生体育大会で大活躍してヒーローになったのは良いが、外出すると抜群の風貌で防府市内の同世代の女性たちから声をかけられると団体行動している同期に分配して、それを目当てにした同行希望者が殺到した。それは小牧基地の第5術科学校でも同様で田舎の山奥のレーダーサイトに配属されると名古屋から訪ねてくる女性が複数いたらしい。その癖、3曹になって間もなく幼馴染みと結婚したので「許し難い女たらし」と言う悪評も広まっていた。私は陸上自衛隊に転換したので森田が一選抜で幹部になって航空自衛隊の基地警備の改革に取り組み、多大な成果を上げたことはよく知らないが、今回の旭川訪問で同期の誇りとするべき人間だったことが判った。
「森田が正解だったのは航空教育隊に期待しなかったことだな。ワシも空曹時代、基地警備を研究して在沖縄米軍からも資料を収集していた。それで予測される基地警備戦闘の様相と改革するべき要点を防大出の小隊長に提出したんだ。すると小隊長は隊長と相談してワシを航空教育隊に転属させることを決定した。尤もそれは建前で何時まで経っても航空機整備員としてモノにならないワシを送り込む先が見つかったと言うのが本音だな。それで航空教育隊に転属すると改革は御法度で疑問を持つことさえ許されなかった。それで地上戦闘のプロになろうと陸上の部外を受けたんだ」「父も空幕輸送室からは航空教育隊への転属の調整が入ったそうですが断固拒否したそうです」「ワシも幹部になってからならそうしただそうが若手空曹には航空教育隊の実態は見えなかったんだ。それを考えるとあの人事は単なる厄介払いだったんだな」私が自分で出した結論に何故か梢がうなずいた。
「それで森田は今、何をしてるんだ」「防府北基地の業務主任で定年退官して愛媛の蜜柑農協に就職しました。本当は自衛隊OBだけの警備保障会社を創設しようとしたんですが色々ややこしいことがあって諦めたようです。今は新しい嫁を見つけて幸せにやっています」「離婚したのか・・・」息子の口から森田定年2佐が離婚したことを聞いて2度離婚、3度結婚した私は複雑な気持ちになってしまった。沖縄勤務だった私も同期の情報網で森田が高校時代に夜這いを掛けた幼馴染みの親に「傷物にした」と怒鳴りこまれて結婚する羽目になったと聞いている。ただし、小牧基地でも一緒だった警戒管制員の同期によると「恋愛感情はない」と言っていたそうだ。どちらにしても親に強要された結婚はロクな結果にならない。私も始めから梢と結婚できていれば離婚はなかっただろう。
「そう言えばモリヤ2佐に訊きたいことがあるんです」「君の国際法の知識なら合格点を進呈するぞ」私の賛辞に森田予備2曹は首を振った。どうやら質問する内容を知っているらしい第2中隊長は真顔を向け、想像が外れた警務隊長は怪訝そうな表情で4人を見回した。
「モリヤ2佐はアフリカのPKOで現地人を3人殺したでしょう。その後、恐ろしくなりませんでしたか」「そうか、森田2曹は稚内で高射部隊の展開地を破壊しようと潜入した工作員を阻止したんだったね」「ロシア軍の輸送ヘリも6機撃墜して200人以上殺しています」森田予備2曹の目が罪を告白するカソリック信者のようになった。
ロシア軍がソビエト連邦時代から使っているミル26大型輸送ヘリコプターはペイロード20トン、歩兵90名が搭乗できるとされているので満員状態で撃墜したとすれば6機で240人になる。航空自衛隊に基地警備の神さま・森田定年2佐の息子でも戦争で殺した人数を誇示するようには育っていないはずだ。
「父は戦争で殺すのは敵であって人間ではない、割り切れっと言っていますが一緒に戦闘に参加した同僚たちが眠ってうなされるのを聞いて稚内の海岸に漂着したロシア兵の遺骸を思い出してしまいました。みんな私と同世代の若者でした」「それを言ったら日本の都市を空襲して原爆を落としたアメリカ軍のBー29のパイロットはどうなる。親父が言う通り、キッパリ割り切った上で機会を見つけて供養を勤めることだ。寺や石佛があれば手を合わせなさい。南無阿弥陀佛」これは検事や元2佐ではなく坊主としての助言だった。
  1. 2023/07/23(日) 15:06:45|
  2. 夜の連続小説9
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