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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ559

「ここで自分と春木3曹は携SAM(携帯式地対空誘導弾)でロシア軍のヘリを迎撃しました」ロシア軍将兵の埋葬地に続いて私たちは稚内市でも先端が緩く2つに分かれている宗谷岬のレーダー・サイトとは逆の岬にある牧場に移動した。森田予備3曹と今回は同行していない春木予備3曹がここに展開していた第3高射群の高射隊の警備に当たっていると対岸の第18警戒隊指揮所から「ロシア軍のヘリコプターの大編隊が襲来する」と言う警報が入ったのだ。
「牛舎の中に保管してあった携SAMを時間が赦す限りあそことここの壕まで運んでから自分たちは戦闘態勢に入りました」森田予備2曹は説明しながら壕の位置を指差したが、足元の壕はすでに埋まっていて浅い窪地に濁った水が溜まっていた。
「幾つ運べたんだね」「自分は近かったので8基でしたが春木3曹は遠い分、一往復足りなくて6基でした」警戒隊長の妙に実務的な質問に対する森田予備2曹の説明は体育馬鹿が多い陸曹には珍しく簡潔明瞭だが理路整然としていて父親の森田敬作曹候生を思わせた。森田曹候生も私と同様に弁が立つ上、基地警備の研究に着手していたので空曹候補者課程では同期たちが単なる苦行として耐えることに徹していた地上戦闘訓練を真剣に分析して疑問点を班長にぶつけ、手に負えないと区隊長=山中3尉に回され、「そげなこと判らん。判ったら教えちくれ」と言う答えをもらっていた。
「それで君が6発、春木3曹が5発を発射してカモフ57攻撃ヘリ5機とミル26輸送ヘリ6機を撃墜したから全弾命中だったんだ」「攻撃ヘリが地上を掃討するために先行して来ましたから2人で手分けして連射しました。それでも輸送ヘリが高度を下げてきたので左右から順番に墜としました」自分が射った誘導弾がヘリコプターに命中して機体が裂け、放り出された人間が海面に叩きつけられる光景は一般人には直視できない惨劇だが、私自身も北キボールPKOで射程距離が短いM9短機関銃で現地人の若者2人を射殺しただけでなく1人はナイフで刺殺しているので心理状態は想像以上の現実味がある。おそらく目に映る状況の展開に身体が反応してスコープで照準すれば基本動作通りに引き金を落としたのだ。それが戦争と言うものだ。
「1つ、航空の方に質問があるんですがよろしいですか」「おう、俺に判ることは訊いてくれ」森田予備2曹の体験談に海からの潮風の温度が急激に下がったような気がした時、これも陸曹には珍しく警戒隊長に質問を口にした。森田予備2曹の父親は定年2佐なので2佐の警戒隊長と同格であり、部内出身の人事管理で2佐で終わったとは言え航空自衛隊史に名を残す偉大な業績を残しているから陸上自衛隊式の過度の遠慮は必要ないかも知れない。考えてみれば相手は2等空佐だ。
「展開しているペトリ(ペトリオット地対空誘導弾)はバラキューダ(繊維式偽装網)を展張しているだけで周囲に土嚢も積んでなかったのですが、陸の高射特科は演習でも壕を掘って本体は埋設します。空襲された時、機銃掃射を受ければ誘爆して根室の高射隊のように全滅する危険がありました。それでも良いんですか」「それは俺の専門外だな。高射のことは高射屋に訊いてもらわないと間違った答えを教えてしまうよ。1つ言えることは高射屋とは航空方面隊司令部の防衛部の運用幕僚として一緒に仕事したが万事に机上の論理で押し通すところがあった。奴らは365日24時間待機していると言っても所詮は訓練名目だ。SOC(航空方面隊指揮所)やDC(防空指令所)も始めから当てにはしていない。それが戦時になっても抜けないんだろう。それに気づくだけ同じ訓練が本業でも陸上自衛隊は真剣みが違うようだな」警戒隊長の見解は陸上自衛官には侮辱だが、私は自分の自衛隊人生を振り返って陸上自衛隊には「航空教育隊よりは増しだった」以上の感慨は抱いておらず梢は「失敗だった」と断言している。警務隊長もAOCの代わりに警察大学校に入校していて日常的に地元の警察や海空警務隊との交流があるので陸上自衛隊の組織的体質の問題点については実感しているはずだ。中でも森田予備2曹は「上級者は間違いを犯さない」と上意下達する陸上自衛隊的不当人事の犠牲者であり、内心では父の影響から逃れるために陸上自衛隊に入った過去を後悔していた。
「ところで私からモリヤ2佐に伺いたいことがあるんです」「おう、ワシに判ることは訊いてくれ」「これはモリヤ2佐にしか判らないでしょう」今度は警戒隊長が私に質問してきた。この口ぶりでは私の専門の法律関係ではないようだ。国内法であれば警務隊長がいるので私にも陸上自衛隊的な遠慮がある。
「実は夜になると海から人の呻き声が聞こえて、大量の人魂が飛び交うことがあるんです」「海鳴りと月明かりに照らされた波頭だろう」やはり警務隊長は冷静だ。それでも私が那覇基地で勤務していた頃、1人で基地のビーチで夜釣りしていた航空警務隊長が「日本兵の幽霊に取り囲まれた」と警衛隊に電話してきたことがある。確かに海中には収容されていない遺骸が何体も沈んでいるはずなので迷って出ても不思議はない。これは盛大に本格的な慰霊法要を勤めなければならなくなった。
  1. 2023/07/27(木) 14:00:41|
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