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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ560

「その服は航空自衛隊の昔の作業服だそうですね。名札の83空隊ってどこの部隊ですか」その夜は稚内駐屯地に宿泊したので梢と2人で分屯基地司令でもある第18警戒隊長が真顔で訴えた海からの人の呻き声と大量の人魂を確認するため警衛所に行ってみた。森田予備2曹は旭川からの連絡便の車両で捕虜収容所に帰ったので一緒に肝試しはできなかった。警衛所では2曹の警衛隊長と士長の歩哨が通常態勢で勤務していて私が用件を切り出す前に質問してきた。私が着ている作業服については同じ管理小隊の輸送班のドライバーから聞いたらしい。一方、那覇基地の戦闘機部隊が第9航空団になったのは2016年なのでこの士長はそれ以降の入隊のようだ。
「第83航空隊は今の第9航空団だよ」「と言うことは沖縄ですね。こことは真反対の前線だ」私が那覇基地で勤務していた頃は部隊歌の代わりとして戦時歌謡の「ラバウル海軍航空隊歌」を「銀翼連ねて南の前線 揺るがぬ守りの荒鷲たちが 肉弾砕く敵の主力 栄えある我ら83航空隊。航空精神燃え立つ闘魂・・・」と替え歌にして愛唱していたが今は「第9(きゅう)航空団」にして唄い継いでいるのだろうか。
「隊長から聞いたんだが海から人の呻き声が聞こえるんだって。それに大量の人魂が飛び交っているって言ってたけど本当かい」「マジっすよ。もう慣れましたけど」私の質問にも士長が答えた。2曹は梢が怯えないか顔を窺ったが私の新婚の古女房なので大丈夫だ。
「それは毎晩聞こえるのかね」「結構、しつこく呻いてましたけど最近は時々になりました。網走のロシア軍が降伏した頃でしたから幽霊も落ちついたのでしょう。人魂は雨が降ってない風が弱い夜の満潮の時間限定です」梢の落ちついた様子を確かめて安心したのか2曹が話に加わってきた。この説明も昼間の森田予備2曹と同様に簡潔明瞭で理路整然としている。この2人は淳之介と同世代だが粗製乱造の団塊の世代の理解を超えた「新人類」と呼ばれた我々昭和30年代生まれの親の子供なので優秀な遺伝子を受け継いでいるのかも知れない。淳之介の場合は母親の遺伝子が不安ではある。
「熊本の有明海では不知火(しらぬい)って言う怪奇現象が発生するんだが、あれは太陰暦7月の晦日(みそか)の新月の夜に起こるんだ。太陰暦だから今のカレンダーでは9月中旬だな」「芦屋に入校した時にテレビで見ました。水平線上に対岸の街の灯のような光が並ぶんですよね」「あれは引き潮の時に起こる。海面から10メートルくらい浮いているって聞きました」士長に続いて2曹が披露した知識は私よりも上だった。梢も初めて聞く話に興味深そうに聞き入っている。私も前川原で見たニュースで子供の頃に本で読んだ怪奇現象の発生に感心しただけでここまでは探求していなかった。
ただし、怪奇現象を否定する学者たちの「夏の日差しで海水温が上昇して大量に発生した水蒸気が干潮で冷却されて水滴状になって漁船の灯火を反射しているに過ぎない」とする説は不知火が起こる夜は殺生を避けるために漁を控えた漁民たちの風習とは矛盾する。
「今が満潮の時間帯ですから聞こえるかも知れません。ゲートのライトを消しますから外で不知火、元へ人魂も確かめて下さい」反れた話に区切りがついたところで2曹が提案した。ゲートから海までは100メートルもないから灯りを消してもらえば海岸に立っているような気分になれる。一緒に出てきた士長がゲートを開けて警衛所に戻ると間もなくスポット・ライトと室内の照明が消えて辺りは闇に包まれた。
ドーン、ドーン、ザザザー、ザザザー、「ウーン、ウーン」「・・・スイバコミ ストーク」「・・・イスプカニー」「・・・ホモギミン」「ウッウウウウ・・・」確かに海鳴りと砂を洗う波の音の中に人の呻き声が混じり、それが人間の言葉になっていった。それを聞いて梢が「苦しい」「怖い」「助けてくれ」と翻訳した。
私は昭和59年6月21日に発生したTー33Aが運輸省の管制官のミスで那覇基地の滑走路の端のテトラポットに突っ込んだ事故で深夜に機体の警備についたことがある。その時も海鳴りの中に女性がすすり泣く声を聞いた。航空自衛隊ではパイロットが殉職すると本人ではなく奥さんの生霊が慟哭する声を聞くことがあると言われているが、それを実際に体験したのだ。それが今回は本人たちだ。これは私の佛教式の代用ではなく函館や札幌のロシア正教会の聖職者を呼んで慰霊ミサを勤めてもらうべきだろう。
  1. 2023/07/28(金) 13:45:57|
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