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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ566

「今の状況から言えば捕虜として取り扱うのが国際常識でしょう。それは伊倉2佐も十分判っているはず。それをあえて刑事犯として拘留しようとしているのはやはり第5旅団の意向ですか」私の推理は警務官たちは予想していたようで全員が無表情な中で伊倉2佐だけがうなずいた。どうやら警務官たちは陸上幕僚監部法務官室当時の弁護活動や逆の立場の検察官になった国際刑事裁判所でモレソウダ首席検察官やハーン首席検察官が最大限に酷使した私の調査と推理能力を注視していたのかも知れない。
「本音を言えばロシア軍を捕虜にしてしまうと日本への侵攻が正当行為の戦闘になり、ロシア軍が常習化させている対人地雷の使用などが合法になって戦争犯罪に問えないからです」「ロシア軍は緒戦で道東への侵攻に失敗すると国後から発進したヘリコプターが対人地雷POM3を大量にバラ撒いていて我が方の隊員に戦死傷者が多数出ています」「POM3かァ、ウクライナで実物を見たがあれは厄介な兵器だよ」私の返事を聞いて警務官たちの視線には敬意が灯った。やはり実戦経験がモノを言うのは世界の軍隊共通の気質のようだ。陸上自衛隊では日本が1999年3月1日に「オタワ条約=対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約」を発効させたことで対人地雷は全廃させたが、日本古来の「言霊(忌まわしいことを口にしたり考えたりすると現実になると言う神道の教え)」信仰の悪影響なのか知識さえも教えなくなり、演習の戦闘行動でも対人地雷を警戒する意識は危険だった昔の名残になったらしい。そのため直接踏んだり、地面に張ってあるワイヤーに引っかからなくても人間が歩く振動を感知して作動すると空中で爆発するPOM3で多くの隊員が犠牲になり、救護に駆け寄った衛生隊員まで巻き添えになったと言う。しかし、自衛隊はオタワ条約が1997年12月3日に調印されてから存在が知られるようになったPOM3に関しては施設学校がアメリカ軍を通じて情報を入手していたが悪夢の政権交代と重なったこともあり部隊への普及教育には消極的だった。
「確かにロシアがオタワ条約に加盟していない以上、場所が加盟国の日本でも戦争犯罪に問うことはできない。一方、日本の国内法であれば武器の使用は銃砲刀剣類所持等取締法、地雷なら国会の議決を経ていない太政官布告でも現在も法律として運用されている明治17年の爆発物取締罰則も適用できるな。しかし・・・」私が文末を濁すと伊倉2佐と増田2佐は怪訝そうに顔を見合わせた。
「戦争法では交戦当事国の特殊事情を反映することが明記されているが、それは当事国相互の承認が前提だ。ロシアは北海道に侵攻した時点では最後通牒を公布して戦争状態を宣言していなかったのだから国内法を適用することに合理性はあるが、それでロシアが自国の軍人を犯罪者扱いさることを承服するかは話が別だ。ヨーロッパでは捕虜収容所が確保できないからと刑務所に収監したことを不名誉な処遇として処罰された軍もある」「今は2師団の収容所に倣って帯広市内の山間部の学校に拘置所を設けています」「日本の場合は人権派弁護士のおかげで服役囚の待遇は捕虜と大差ないからな。戦争犯罪に問われることはないだろう」私の見解に伊倉2佐は安堵したように口元を緩めた。
日本の刑務所や拘置所の収監者の待遇は私が出獄した後の2005年に改定成立した「刑事収容施設及び収監者等の処遇に関する法律」で規定されているが、改定前の待遇でも自衛隊の経験を持つ私にはそれほど苦痛は感じなかった。強いて言えばトイレまで上から監視されていることが不快だったがすでに性的能力は喪失していたので自慰行為に耽る必要はなく、むしろ他人の排便を見なければならない刑務官に同情していた。ただし、親しくなった刑務官から聞いた話では西洋式便器に立っての首吊りが収監者の自死の常套手段なので気分で目を逸らしている訳にはいかないそうだ。
「ところで諸官らはロシアのウクライナ侵攻は戦争じゃあないことを知ってるかい」「えッ・・・」「ロシアは2014年のクリミア占領の時、ロシア議会はウクライナの軍事独裁政権の弾圧からロシア系市民を守ることを決議したんだ。今回の侵攻もそれを根拠にしている。つまり元コメディアンの大統領はヒトラー並みの独裁者なんだそうだ。それでもウクライナ当局はロシア兵の戦争犯罪を一般法廷で裁いている。兎に角、国際裁判は難しいんだ」私の補足説明が意外過ぎたのか参加者たちは返事をしなかった。
  1. 2023/08/03(木) 14:25:27|
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