8月7日は「ハチ」と「ナナ」の語呂合わせから昭和36(1961)年に耳鼻咽喉科学会が制定した「鼻の日」です。
顔の部品の「日」としては3月3日を「ミッツ」と「ミッツ」とした語呂合わせと「3」の形が耳に似ているからと昭和31(1951)年に同じ耳鼻咽喉科学会が制定した「耳の日」や「10」と「10」を並べて横にすると「眉と目」になると言う「目の愛護デー」がありますが、「口」については1月19日が語呂合わせで「良い口の日」、1月18日は「良い歯の日」です。このうち「目の愛護デー」は昭和14(1939)年から昭和19(1944)年まで9月18日の「目の記念日」に置き換えられていました。こちらは明治11(1878)年の8月30日から11月9日まで北陸地方と東海地方を巡行した明治天皇が「新潟でトラコーマが蔓延している」との報告を受けて「眼病予防と治療に万全を期するように」との詔(みことのり)を発して金一封を下賜した日です。
この時期の日本は国家神道が主導する忠君愛国の思想統制が狂気を帯びていて昭和16(1941)年には明治天皇が明治9(1876)年に東北地方と北海道への巡行の帰路に帆船・明治丸で横浜港に帰着した7月20日も「海の記念日」になっています。
とは言え明治天皇個人の業績を国家の記念日にするよりも「10と10を並べて横にすれば眉と目になる」と言う由来の方が国民に親しまれるのは間違いなく、その発想を8月7日の「鼻の日」に持ち込めば「8」は「両目」、「7」を逆さにすれば「鼻の形」になりますが語呂合わせ以上の故事つけになりそうです。
野僧は「目」と「耳」と「鼻」の3つの部品のうち「目」は退役まで2.0以上の視力を維持していて30歳代から老眼になりましたが高校生の時に受験した海上自衛隊の航空学生の2次試験では「微度色弱」の判定を受けて保留になりました。「耳」は地上戦闘訓練の空砲射撃でも耳栓を愛用し、ジェットエンジンの稼働時はイヤーマフ(ヘッドホーン式の保護具)を離さなかったので海上自衛隊の2次試験の聴力検査では測定機械の限界値を超えた微弱音も感知できるため(ストップウオッチによる感知テストでは長い隊舎の廊下を使って測定した)「ソナー員としては抜群」とお墨付きをもらいました。実際、はるか遠い位置で隊員がしている噂話も正確に聞き取るので「地獄耳」と恐れられました
ところが「鼻」は自覚症状がない欠陥品で、海上自衛隊の2次試験では空気圧でくぼんだ鼓膜を鼻を摘まんで息を吐いて押し出すことができず検査の結果、鼻と内耳をつなぐ内耳管が閉塞していることが判明しました。これで完全に不合格で航空自衛隊では3次試験になるプロペラ練習機での搭乗飛行も却下されました。考えてみれば空気圧が激しく変動する空中で鼓膜を処置できなければ破れる可能性があり、後年、同じ理由で第5術科学校の兵器管制幹部課程のTー1練習機への体験搭乗も除外されました。
医療過疎の当町内には入院できる総合病院さえもなく、死因にならない眼科や耳鼻咽喉科は隣り町まで足を伸ばさなければなりません(眼鏡店や補聴器を売っている時計店もない)。勿論、予防には努めていますが加齢による肉体の劣化には抗し切れません。
- 2023/08/06(日) 14:55:15|
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