「マスコミはこの駐屯地から先には取材に入らないそうです」「対人地雷の除去が完璧だと自衛隊が保証しろと要求しています」「誰が保証しても危険地帯には立ち入らないだろう」別海駐屯地では駐屯地司令の第7偵察隊長と第27普通科連隊第3中隊長、地雷は以上に当たっている第5施設隊派遣中隊長との会食になった。話題はやはり北海道庁から依頼があったらしい道庁記者クラブ所属の記者団の取材だった。
「ワシは世界各地の戦場を回ったがフリージャーナリスト以外の日本人のマスコミに会ったことはなかったよ」「その割にデカデカと戦争の記事を載せてますよね」「いや、日本のマスコミはアメリカの請け売りだからアメリカ軍が介入していない戦争は全くと言って良いほど報道していないよ。君たちはアフリカのコートジボワールやリビア内戦、ヨーロッパの旧ユーゴスラビア内戦、アジアでもスリランカ内戦について知っているかね」「・・・断片的にしか知りません」私の体験談に普通科中隊長が重い口調で相槌を打った。
「アフリカの戦争は日本では部族紛争扱いだが国際社会では大アフリカ戦争と呼ばれて世界大戦に準ずる格付けを受けているんだ。加倍政権が安全保障法を成立させた上で自衛隊を南スーダンPKOに派遣したのは国際社会への応分の貢献だった。と日本では報道していなかっただろう」私が茶山元3佐から届いていた月遅れ新聞で仕入れた知識を披露すると警務隊長を含めた各隊長は視線を逸らし合ってうなずいた。
「それにしても問題は住民の帰宅ですね。我々としては道(北海道)の避難措置のおかげで文民を巻き込むことなく戦闘を遂行できた。想定以上の戦果は道の英断があったからこそです」「やはり航空自衛隊に国後の滑走路を徹底的に破壊してもらわないといけませんね」これまで面談した5旅団の幹部たちは考えている戦術に個人差はあっても「北方領土からの脅威が存続している中での住民の帰宅は危険である」と言う常識は共有していた。北海道庁としてはマスコミに下調べさせて住民に周知することで今後の方針を策定するつもりかも知れないが「平穏な風景」を流布されれば対岸からの脅威を見失いかねない。
「それにしても稚内側は1組なのに根室側は4箇所を同時に攻撃したのは謎ですね」翌日は根室分屯基地の見学に先立って第26警戒隊長の案内で第6高射群の4個高射隊が全滅させられた展開地を巡回した。惨劇の舞台の1つになった小学校では校庭に全器材を配置していたが、発射態勢になっていた発射機=LSが狩猟用ライフル銃で銃撃されて弾頭部が爆発した。そのため発射機に搭載していた実弾のPAC2とPAC3が次々に誘爆し、トラックの予備弾まで爆発した。PAC2は上空を高速度で飛来する航空機を撃墜するだけの破壊力を有しているので1発でも校庭全体が火焔に包まれ、埋設式陣地を構築することなく地上に露出させてあった弾体が誘爆するのは当然だった。実際、校舎の壁は黒焦げになっている。それは稚内で森田予備2曹が指摘した疑問点でもあった。
一方、稚内では第3高射群の展開地に潜入して同様の破壊工作を実施しようとしたのは森田予備2曹が射殺した元教員と運転手の1組だけで他の歩哨は発見していない。第3高射群の1個高射隊は稚内分屯基地内に展開していたが残りの3個高射隊は稚内市内に分散配置されていた。同時に破壊するために4組を投入するのはこちらのはずだ。
実際、根室の4個高射隊を破壊した日本人工作員は想像以上の爆発に巻き込まれて全員が死亡したと報告されているが、それは事件後の4箇所の現場検証で発見された銃器を携帯した身元不明の遺骸を実行犯と推定しているだけだ。
また旭川の第119地区警務隊で読んだ捜査報告書によれば逮捕された運転手が旭川駐屯地に連行されると札幌から来た某野党系の弁護士が待っていて警務隊の取り調べに立ち会うことを要求した。以降は会話は全てスマートホンに録音し、発言は隣で弁護士が指示する言葉を運転手が言い直すだけになったらしい。
「ロシア軍はヘリで稚内に橋頭保を確保した後、輸送機で旭川空港に地上部隊を投入する作戦だった。その意味では稚内の方が優先順位は高いはずだが」「道東にもヘリは頻繁に飛来しましたが3中隊が携SAMで対処している間に5高特(第5高射特科隊)が展開したので恵庭のホークが来るまで持ち堪えることができました」警戒隊長は航空自衛隊の任務を陸上自衛隊が代わりに果たしてくれたことに心底救われたような顔で解説した。
- 2023/08/07(月) 14:55:54|
- 夜の連続小説9
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