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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ573

「明日、厚木に行くから泊めて欲しいの」北海道の現地調査を終えて梢は荷物の片づけ、一段落し、私は資料の整理に取り掛かった頃、三沢の志緒から電話が入った。志緒は対潜哨戒機・Pー8ポセイドンの機長になり、大尉に昇任している。ただし、ポセイドンには正副のパイロットと正副のTACCO=戦術航法士、下士官のオペレーター=航空士5名が搭乗していてこの中の最先任上位者にコマンダーとしての指揮権が与えられている。
「そうかァ、前は佳織の官舎を厚木の下宿代わりにしていたからな。今後はウチに居候するつもりだな」「お願いします・・・」私の返事に同調しながらも志緒は言葉を濁した。私は父親として志緒の来宅には別の重い目的があることを感じ取った。
「梢、幸せそうね」「志緒も元気そうで安心したわ」翌日の夕方、志緒はアメリカ海軍の軍服で来宅した。やはり袖に金線2本の海軍大尉の階級章が入った軍服姿を見せたかったのだろう。確かに元々が海上自衛隊志望だった私は感激して梢との挨拶が終わるとそのまま抱き締めてしまった。すると志緒は頬にキスしてくれた。
「玄関で靴を脱ぐのを忘れちゃいそうで・・・」「私たちもオランダで脱がない生活をしていたから忘れそうになるわ」私の抱擁を解かれた志緒が身体をかがめて脱いだ靴を揃えると梢との会話が再開した。梢と志緒はハワイでの淳之介とあかりの結婚式で初めて会って以来、オランダからフロリダ州のペンサコーラ基地での入隊式に出席し、テキサス州のコーパス・クリストファ基地にも行っている。それだけでなく志緒が自宅にかけてくる電話に出るのは梢なので女同士の会話が弾むようになり、あくまでも職業人としての意識が抜けない佳織よりも女心を打ち明けられる相手として深く結びついている。だから戦場で捕虜となって凌辱されたアメリカ軍の女性パイロットの体験談を聞いた志緒が「兄である淳之介に純潔を捧げたい」と胸に秘めていた想いを打ち明けると梢は淳之介の妻になっている娘のあかりを説得して叶えさせた。
「でも掃除は土足で上がるよりも靴を脱いだ方が楽だろう」「まだダディが掃除してるの」「いいえ、最近は坊主の修行は放棄しています」佳織が2年間の指揮幕僚課程に入校して私が1人で淳之介と志緒を育てていた頃には家事を「禅僧の作務=趣味」と称して殊更に完璧にこなしていた。それも梢と言う完璧な妻(前回は彼女)との生活を取り戻すと自分を鞭打つ強がりだったことが思い知らされる。
「旭川ではいきなり五観の偈を唱えることになって間違えないかヒヤヒヤしたよ」「でも立派なものだったわ。やっぱり坊さんって感心しちゃったもん」梢と志緒が作った夕食が並んだ座卓の一辺に2人が並び、対面に私が座ると合掌して「いただきます」と唱え、私のボヤキが入った。目の前にいるのが佳織ならヒヤヒヤしないために「五観の偈」を練習するところだが梢は柔らかく受け流してくれる。続いて志緒が青森で買ってきた冷酒を注いだグラスで乾杯してから箸を取った。
「私、義勇軍として日本の戦争に参加したいの」「何だって」「間もなく自衛隊が新潟で攻勢作戦を開始するでしょう。それにイギリス人の若者たちが義勇軍として参加するじゃない。今の在日アメリカ軍ではイギリス人が参戦して日米安全保障条約を結ぶ同盟国のアメリカ合衆国軍人がそれを傍観していることはできない。ホワイトハウスが決断しないなら義勇軍として個人参加するって言う声が沸き起こっているのよ」唐突な志緒の申し出に私は口に含んだ酒が飲み下せなくなった。イギリス人の志願者が東部方面隊、台湾人とフィリピン人が西部方面隊に予備自衛官として配備されたことは私も統合幕僚監部で聞いている。その一方でアメリカ本土では北京に預金口座を持つ移民団体が与党である民主党の上下院議員に莫大な政治資金をバラ撒き、あらゆる産業の中国系と半島系の労働者たちが「日米安全保障条約を発動すれば一斉に退職する」と経営者を脅しているため在日アメリカ軍の再三の要請にも関わらずホワイトハウスは決断できていない。
「それは日本人と結婚している軍人だけじゃあないのか」「ううん、私の同僚のパイロットたちもPー8で参戦できなくても八戸のPー3Cなら操縦できるって言ってるわ」私が志緒の軍人としての真顔を緩めようと軽く茶化すと真剣に反論してきた。気がつくと無意識に3人揃って正座していた。酒は全く進んでいない。
  1. 2023/08/10(木) 14:16:55|
  2. 夜の連続小説9
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