「ノザキ閣下は伊藤佳織だったはずだけどな」「別れる前はモリヤ将補でしょう」ニューヨークの自衛隊の非合法海外情報組織では岡倉とリンゾーが西海岸、松本がハワイで中国系と半島系移民の反日活動の実態調査に当たっている中、留守番になっている杉本と本間夫婦がハワイ日系人協会の理事に就任したノザキ佳織元将補の活躍を論評していた。
ノザキ元将補は陸上自衛隊を勧奨退職した時点で幹部候補生の同期だったモリヤ元2佐と離婚してアメリカに帰化した。そうして生まれ育った日系アメリカ人3世で空軍の輸送機パイロットだった実父のヤスト・ノザキ中佐の家へ移住している。しかし、そのような詳細な個人情報はプライバシー保護が日本よりもはるかに厳格なアメリカでは政治家にでもならない限り公表されることはない。したがって2人の対話もノザキ元将補とモリヤ元2佐と共通の同期の岡倉から聞いた思い出話に基づいている。とは言え本間は西部方面隊総監部の幕僚時代にハワイで行われた日米協同指揮所演習・ヤマサクラでアメリカ太平洋軍司令部連絡官だったモリヤ2佐に会い、香港での民主化運動の調査の帰路には同行していた杉本とフィリピンのニノイ・アキノ空港で在マニラ日本大使館の防衛駐在官だったモリヤ1佐に会っている。一方、黙って話を聞いている松山1佐も初任地だった守山駐屯地の第35普通科連隊ではモリヤ1尉だった頃のノザキ元将補と面識があった。
「それにしてもノザキ閣下の442戦闘団の顕彰運動は効果絶大だな」「閣下自身がヨーロッパ戦線で戦死した442戦闘団の軍曹の孫って言うのがアメリカ人の真情に訴えるのよ」ノザキ元将補は理事に就任するとハワイでも中国系と半島系の移民が「武力衝突の原因は日本側にある」とする世論工作を画策し、太平洋軍司令部への台湾有事への軍事介入や日米安全保障条約の発動に反対するデモや集会を起こしていることを知り、迅速に対抗措置を講じた。その手始めが就任時のパンチボールの太平洋地区戦没者墓苑への墓参で、アメリカ軍内の人脈で呼んでいたアメリカ軍の部内紙の記者を相手に現在のアメリカでは日系人2世部隊・第442戦闘団の絶大な戦功が忘却されていることを非難する一方で中国とロシアが常任理事国としての懲罰と称している日本への武力行使が侵略であることを明言した。この元将官のインタビュー記事が世界全域に所在するアメリカ軍基地の軍人と家族に周知されると中国資本に支配されているアメリカ本土の大手マスコミも無視できなくなり、テレビや新聞、雑誌はノザキ元将補にインタビューするようになっている。
「日本ではそれほどでもないがアメリカでは将軍・提督の発言は政治的影響力が大きいからホワイトハウスも無視できなくなるな」「それに閣下は発言内容が変質されていると即座に他のメディアを使って訂正を求めるからマスコミも迂闊に利用できないはずよ」これまでもノザキ元将補は中国資本の大手マスコミが通訳を用意して日本語でのインタビューを試みても英語で応答して言語の違いによるニュアンスの変質を避けてきた。それだけでなく日本のマスコミが外国の報道を日本で紹介する時に翻訳による印象操作を常套手段にしていることを具体的に説明して釘を刺した。日本語への翻訳では英語にはない丁寧語や敬語を用いるか否かでも人物像は大きく変わるのだ。さらにスマートホンで自分の発言内容を録音していて記事の誤りは全て訂正を求めているのでマスコミが得意とする失言を誘って利用する報道手法も行使できない。何よりもノザキ元将補は日本人とは思えないほど討論に熟練していてマスコミの方が完全に手玉に取られている。
「おかげで今の若い世代は知らなかった442戦闘団の英雄史的犠牲と戦功や日米安全保障条約の存在を再教育することができた」「それにしても閣下はどうしていつも黒の和服なのかしら。これって喪服でしょう」365日24時間の大半を一緒に暮らしている本間の情報源は杉本と大差はないが関心の度合いには個人差があり唐突に話題が分かれた。
「自衛隊のOBは将官でも制服を着用できないんだ。だからモリヤ1尉は日本での犠牲者に弔意を示して喪服を着てるんだろう。極道の妻たちみたいで格好良いじゃないか」「本当、元々美人だから喪服も似合ってるよね。私には無理だわ」ここで松山1佐が話に加わってきた。杉本と本間はWAC唯一の将官に敬意を払って「閣下」と呼んでいたが松山1佐は守山時代の呼び名で過去の関係を白状してしまった。確かにノザキ元将補の和服姿は失敗作の新制服よりも威厳と品格があって見る者=男を魅了する色気が匂い立っている。
- 2023/08/12(土) 14:21:00|
- 夜の連続小説9
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