「閣下、今日は戦闘服なんですね」「ええ、日本の防衛省から大臣名で『特例として60歳の定年の年齢になるまで制服等の着用を認める』と言う通達が届いたから早速ね・・・」数日後、全米をネットしている大手テレビ局のハワイ支局で報道番組のインタビューを受けた佳織は陸将補の階級章を付けた迷彩服を着て現れた。数日前の官邸での遣り取りの中で石田首相が佳織の黒の紋付の和装の喪服姿に違和感を示したことを受けて立野官房長官が釜田防衛大臣に連絡して即座に特例処置が決定したらしい。
陸海空自衛隊の将官が定年退官する年齢期限は60歳だが再就職先が決まったところで勧奨退職するのが慣例になっている。ただし、佳織の場合は釜田大臣が就任して間もない頃に上級幹部の定年退官と移動を原則停止していた浜大臣の戦時人事を解除しようと名簿を確認した時、陸上自衛隊の女性自衛官としては唯一だった佳織に気を止め、確認を受けた内局の人事担当者が「美人なので男女平等の宣伝用の広告塔にしている」と陸上自衛隊内での評価を無視した説明をしたため勧奨退職が決まってしまった。
実は佳織としてもハワイでは和服のクリーニング代は割高なので志緒が居合道で愛用していた白の道着と黒の袴に変更しようと考えていたところだったので渡りに船だった。自宅で試着してみたが似合ってはいた。
「それでは今回は日本の元陸軍少将としてお話を伺えるのですね」「私はいつもそのつもりで話しているけど視聴者が受ける印象は変わるでしょうね」収録が始まると質問者の男性キャスターは佳織が着ているのが陸上自衛隊の戦闘服であることを説明し、着用が許可された経緯を補足してから報道番組的に念を押した。
「そのベレー帽に付けているのは・・・」「これは祖父が従軍していた第442戦闘団の部隊章です」「2006年公開の映画・ザ・ブレイブ・ウォーで見た覚えがあります。日系人は祖国のために多大な犠牲を払った英雄的国民です」佳織は釜田防衛大臣の特例処置に反することになるがベレー帽の帽章を帝国陸軍の近衛師団を模した陸上自衛隊の帽章から松明を掲げた手を描いた第442戦闘団の部隊章に付け替えていた。ベレー帽は自費購入する私物の略帽なので多少の変質くらいは許してもらいたい。そう言えば夫だったモリヤ2佐はアメリカ軍のグリーンベレーに陸上自衛隊の帽章を付けて愛用していた。
「そんな英雄的国民の目から見て全米で中国系と半島系の移民が繰り広げている反日的行動はどう思いますか」「あれは反日ではなく祖国に対する裏切りです。中国系移民が北京から送られてくる巨額の工作資金を上下院の議員にバラ撒いているのは合法的な政治活動の一部だとしても全米の中国系と半島系の労働者たちが日米安全保障条約をホワイトハウスが発動すれば一斉に退職すると脅迫しているのは暴動予備と見るべきでしょう。我がアメリカ合衆国は移民の国ですが、それはアメリカが掲げる理想の下に集い、自己犠牲を厭わず奉仕するためであって、星条旗を五星紅旗に掛け替え、国歌・星条旗を抗日戦の八路軍軍歌に変更することを断じて許してはなりません」服装が変わっても佳織の主張は一貫している。佳織は立野官房長官が石田首相に期待させた「自衛官としての自制心」は元々弱い方だったのだ。アメリカで生まれ育った佳織は英語で思考して日本語に訳して話すことが基本なので殊更にイエスとノーがハッキリしている。日本での生活が長くなって「ええ、まァ」式の曖昧な受け答えも覚えたが内心では苛立っていた。おまけに結婚したモリヤ元2佐も純粋な日本人にしては議論を好み、夫婦の会話でも互いにイエスとノーを追求し合っていた。ハワイに帰ればアメリカ人に戻るのは当然だった。
「韓国の現政権は親米的ですが」「現政権の支持率は韓国国民の3分の1のまま微動だしていません。中でも軍内ではかつてのクーデターとは逆に職務のボイコットが横行しているようです。表向きは命令に服従しても実際は拒否、怠業しています」「それをアメリカでもやろうとしているのか・・・」「したがって現政権が日本固有の領土である長崎県の対馬を不法占拠している韓国軍を撤退させない限り信用するべきではないでしょう」佳織は幹部候補生学校長時代に日韓陸軍士官候補生交流を中止したが、日韓のニュースではモリヤ佳織陸将補と報じられていたので同一人物と気づくのは在アメリカの韓国系移民でも少数派のはずだ。激怒した石田首相に制服の着用を禁止されても手遅れだった。
- 2023/08/14(月) 12:10:12|
- 夜の連続小説9
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