「ルテナン(大尉)・スポット、ルテナン・モリヤ、同行願います」「私は飛行後点検が終わらないと行けないけど・・・」「承知しています。スポット大尉、お先にどうぞ」厚木基地に着陸するとエプロンでは民間仕様ではハマーと呼ばれる軍用車両のハンヴィーが待っていた。先に機内での残務整理を終えたスポット大尉に続いて志緒がタラップを下りると作業服を着た海軍兵曹長が敬礼しながら声をかけてきた。言葉通りに志緒が整備員の飛行後点検のリストにサインすると先に乗っていたTACCOのスポット大尉と一緒に第7艦隊厚木基地指揮所=第5空母航空団司令部へ連れて行かれた。
厚木基地は本来、航空母艦やヘリコプターを搭載する巡洋艦が横須賀に入港中の艦載機の母基地で地上基地運用の固定翼対潜哨戒機のPー8は配備されていない。しかし、現在は太平洋上で自衛艦隊と協同で日本船団が航行する海域の制海権を維持している第7艦隊の指揮下にある三沢基地のPー8を厚木基地と嘉手納基地に固定配備して海上自衛隊と協同運用している。今回の志緒たちの任務も第7艦隊の指揮を受けていた。
「あの艦隊は君たちと交代したネーバル・ジエー隊(海上自衛隊)のPー1がグランド・ジエー隊(陸上自衛隊)の反転攻勢に先駆けて全艦撃沈する予定だったんだ」司令部では原子力航空母艦・ドナルド・レーガンでもパイロットの上層部が待っていてコの字型の机の中に2つ並べられた椅子に座った2人に説明を始めた。このような軍事裁判に準ずる事情聴取では当事者の報告から始まるのが一般的だが、今回は意表を突いてきた。
「ロシア艦から火器管制レーダーの照射を受けましたからROEにある準・戦闘行為として処置しました。当初はレーダーを照射した駆逐艦を攻撃する予定でしたが・・・」「私が艦隊としての行為として処置することを命じたんだな」指揮官として責任を負うスポット大尉の説明に戦闘機飛行隊長が補足した。
かつて北太平洋で演習中のアメリカ海軍の空母艦隊が無通告で襟裳岬のレーダー・サイトを攻撃目標にしたことがある。本来は領空外で空対地ミサイルを発射して状況は終わるはずが何故か領空を侵犯したため千歳基地の戦闘機が緊急発進した。緊急発進機は戦闘態勢で接近するためアメリカ海軍のROEの攻撃を受けた事態に該当して両者は空中戦状態に入った。この時、日本側は航空総隊司令官以下が腹を切る覚悟をしたと言われているが、アメリカ側は仮に日米開戦に立ち至ってもROEに基づいた正当行為である以上、何ら良心の呵責は感じなかったそうだ。これがカミの名の下で行うアメリカの戦争なのだ。
「ロシア軍が火器管制レーダーを照射してきた時の距離は何マイルだった」「上空を通過して積んでいる貨物を確認した直後ですから至近距離、20ノーティカル・マイル(浬=約37キロ)以内だったと思います」「敵艦の上空を通過したのか、流石は日本海軍の末裔だ」「いいえ、祖父はアメリカ空軍の輸送機パイロットでした。両親はグランド・ジエー隊です」上層部は志緒が対米英中戦争の好敵手・日本海軍航空隊の精神的後継者であると賞賛したのだが、本人は事実にこだわった。
今回の一連の武力衝突の発端になったのは日本海で韓国の前政権が北朝鮮に禁輸物資を引き渡しているのを確認した海上自衛隊の対潜哨戒機・Pー1が韓国海軍のフリゲート艦に撃墜された事件だった。その前には火器管制レーダーの照射を受けているので海上自衛隊のROEがアメリカと同一基準であれば撃沈しないまでも先制攻撃して日本の覚悟を知らしめることができたはずだ。その点が同じ飛行機乗りとして残念だ。
祖父のノザキ中佐は海軍パイロット志望の志緒に「日本軍では陸軍航空隊はワイルド・イーグル(荒鷲)、海軍航空隊はシー・イーグル(海鷲)と使い分けていた。お前とワシは同じイーグルでも種類が違うのかな」とからかってきた。すると志緒は種類ではなく繁殖地の違いだと思ったので「輸送機パイロットはペリカンでしょう」とやり返した。
「離脱・退避後はハープーンの最大射程距離を維持していましたから170ノーティカル・マイル(浬=約315キロ)程度です」続きは質問される前に志緒が答えた。アメリカ海軍の艦隊空ミサイルのスタンダードでも弾道ミサイル化された最新型でようやくハープーンの射程距離を超えたが、ロシア海軍では同様の大型化の情報は聞いていないので「攻撃可能な安全距離だ」と言う判断だった。
- 2023/08/18(金) 15:03:04|
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