「お掛けになったアドレスは現在、電源を切っているか電波が届かないところに居られるます」「駄目かァ・・・今、乗ってるのは車か飛行機のどっちかな」志緒へのメールは「受け付けられない」と言う回答メールが返ってきた。しかし、これは通話ではなくメールなので志緒が自動車や航空機を操縦していてスマートホンに出られなくてもパソコンに接続されるはずだ。だから「受け付けない」と言う状況はあり得ない。
「志緒が接続できないように操作したんじゃあないの。アメリカ軍で何かあったのかも知れないわ」スマートホンが苦手な私が画面を見ながら首を傾げていると料理を運んできた梢が鋭い分析を口にした。梢は旅行社に在職中から業務用に携帯電話を使いこなしていてスマートホンへの乗り替えもハワイ在住だった佳織や志緒と変わらない早い時期だった。その点は通話と留守電、メールを使えるようになった携帯電話に執着して乗り遅れた私とは違う。極端に高機能化していく日本の携帯電話は生物が独自に進化しているガラパゴス島になぞらえて揶揄されていたが私には持ち運び可能な電話器に過ぎなかった。
「さっきのニュースで言っていたロシア軍の軍艦を攻撃したのはアメリカ軍じゃあないかしら。アメリカ軍が警備を強化したのは昼過ぎからだったわ。アメリカ軍がロシア軍を攻撃したから・・・」料理を運び終わって席についた梢が合掌と「いただきます」の前に見解を切り出した。確かに民放のニュースで紹介していた釜田防衛大臣の談話では「航空機が」と言っていて「どこの」と所属を明確にしなかった。
「その割にAFNは何も言ってないんだよ。日本のマスコミは記者発表の垂れ流ししか能がなくてもAFNはアメリカ式マスコミ魂を発揮して独自取材のニュースを放送してい、るんだがな」私は民放のニュースが第一報だけで日本海でのロシア軍輸送艦隊への攻撃には触れないことを見切ると在外アメリカ軍放送のAFNにチャンネルを換えていた。すると横田基地が準・戦時の警備態勢に移行していることさえ理由説明がなく通常の娯楽番組を放送していた。それでも画面の隅には小さな文字でFP(J)と表示されていた。これは在日アメリカ軍限定の国防態勢が第4段階=ファースト・ペースなのを意味していて最近のRH=ラウンド・ハウスよりも1段階危機が迫っていることになる。
「本日の午後、釜田防衛大臣が記者の囲み取材を受けて『日本海を横切っていたロシア軍の輸送艦隊を航空機が撃沈した』と明らかにしましたが、その後の取材によれば午後1時頃、日本海を哨戒飛行中の対潜哨戒機がロシア軍の輸送艦隊の護衛駆逐艦に火器管制レーダーの照射を受けたため攻撃準備と判断して空対艦ミサイルを発射したところ揚陸艦に命中したようです」「つまり誤射と言うことか。ならば何隻を撃沈したのかが問題だ」夕食を口にし始めるとテレビでは国営放送のニュースが始まった。国営放送はイギリスのBBCのように日本政府の公式発表を伝える立場なので実態は中国の工作機関の民放よりも政府中枢に喰い込んだ情報を流している。この情報も防衛省内局の官僚から聞き出したのかも知れないが5W1Hのうち「WHO」は欠落したままだ。逆に言えばここまで防衛省が実施者を隠蔽するのは梢の推理通りに在日アメリカ海軍の対潜哨戒機が撃沈した可能性が強まってくる。アメリカ政府がいまだに日米安全保障条約を発動できないでいる中で在日アメリカ海軍がロシア艦を撃沈すれば事実上の参戦になり、政治的な衝撃は高齢の大統領が卒倒してしまうほど強烈なはずだ。
「フェンスに登れば憲兵隊が飛んでくるだろう。そこで質問すれば事実が判るんじゃあないかな」「その前に射たれちゃうわよ」夕食後に横田基地一周の散歩に出ると私はフェンス越しにクレイモアを探しながら歩いた。私は梢が目撃した機関銃を載せたハンヴィーをまだ見ていないが巡察も通らなかった。どうやら在日アメリカ軍の厳戒態勢は対潜哨戒機がロシア艦隊を攻撃したことに伴う形式的なものらしい。
「ダディ、メールをくれたでしょう」「おう、横田基地が臨戦態勢になっているから何があったのかって思ったんだよ」散歩の道程としては4分の1に当たる滑走路の端まで来た時、私のスマートホンに志緒から電話が入った。志緒の声は妙に掠れていていつもの元気がない。私の胸に先ほどから推理を巡らしている「アメリカ海軍によるロシア艦隊への攻撃を志緒が実施したのではないか」と言う父親としての勘が湧き上がってきた。
- 2023/08/20(日) 12:27:23|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0