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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ584

「今、厚木にいるの・・・」「やっぱりな」志緒の言葉少なな説明でも私にはこれまでの推理を重ねれば状況は理解できる。志緒がどのような根拠で武力を行使し、どの程度の損害を与えたのかは判らないが重大な局面の当事者になったのは間違いない。
「現時点では軍の秘密になっているからダディにも何も言えないけど私は無事だから心配しないで」こうして電話で声を聞けば無事なのは判るが三沢基地ではなく厚木基地に下りたのは第7艦隊の事情聴取を受けているのかも知れない。万が一、軍事裁判に訴追されるようなことになれば弁護士として参加する方法を探らなければならない。
「それで1つ、ダディにお願いがあるの」「あらたまって何だい」5回受けた海上自衛隊の2次試験の身体検査で「ソナー員に最適」と判定を受けたほど聴覚が鋭い私はスマートホンを耳に押し当てないでいるので隣りを歩いている梢も聞いている。そんな梢は志緒の口調が深刻なったのを感じ取って母親の顔を近づけた。
「この間、ダディの家に行った時、梢は法然上人が出家した理由を話してくれたでしょう。今の私にはその意味が深く理解できるわ」先日、志緒が来宅した時、在日アメリカ軍の将兵の中で「義勇軍として第2次日露戦争と第3次日中戦争(前回は国民党軍なので中国でも相手が違う。日清戦争は国名が変わったが相手は同じなので第3次になる)に参戦するべきだ」と言う声が高まっていて「自分も同調したい」と訴えた。そこで私は北キボールPKOで現地人3人を殺害した経験を説明して遠回しに反対した。すると志緒はアメリカ軍で受けた「邪悪な敵をカミに代わって滅ぼすのがアメリカ軍の使命」と言う一方的な正義感で反論したので梢が諭したのだ。
浄土宗の元祖大師・法然坊源空上人は美作国の押領使の息子だったが12歳の時、父親が土地争いを巡る調停に不満を持つ地元の豪族に襲われたため弓を取って戦った。そして深手を負った父親が今わの際に「仇を取ろうとはせずに出家して菩提を弔ってくれ。人々がこのような忌まわしい罪を犯さなくなる真理を悟って欲しい」と言い遺したため比叡山に上ったのだ。しかし、比叡山で法然上人が直面したのは自分が犯した殺生の罪で「極悪非道の大罪人」と言う自覚の下で罪を許され、救われる教えを探し求めることになった。やがて比叡山が所蔵する膨大な経典を読破する中で佛説無量寿経が説く阿弥陀如来の衆生済度の誓願に出会い口称念佛による救済を確認した。だから四国に流罪になった時、港で見送る高弟たちに遺訓を求められて「念佛を忘れるな」と答え、「罪に問われます」と諫められると「例え首を切り落とされてもこの一事は捨てぬ」と言い放ったと伝わっている。だからこそ坂東武者・熊谷次郎直実も法然上人の下で出家して法力坊蓮生となり、遷化に際しては高野山にある墓所の前に葬るように遺言して永遠の忠誠の果たしているのだ。その点が「女が欲しくて我慢できない」と破戒を繰り返す自分を「悪人だ」と嘆いている愚禿親鸞聖人とは次元が違う。親鸞聖人の悩みなど還俗すれば済む話で、浄土真宗の宣伝文句の「悪人救済」は俗人には関係ない。
「・・・しかし、戦争で殺害するのはあくまでも放置すればこちらに災厄を及ぼす敵であると言う前提を見失ってはいけないぞ。敵とは言え命を奪った事実を真摯に受け止めて供養、鎮魂の儀礼を尽くすことだ。家でも供養を勤めるからお前も時間を見つけて手を合わせて念佛を唱えなさい。お前にも念佛は教えてあるだろう」「うん、供養するのはロシア軍の情報では1500人くらいみたい」私が供養を応諾したので安心したのか間接表現で補足説明する志緒の口調からは深刻さが消えていた。ニュースでは撃沈した揚陸艦の隻数は明らかにしていないが新潟方面への増強部隊を乗せていたにしては少な目だ。おそらく戦車などの戦闘車両を主体にしていたのだろう。
「私、余計なことを言っちゃったのかな・・・」「パイロットとして最も多くの人命を奪ったのはエノラ・ゲイの機長だったティベッツ大佐だ。原子爆弾1発で広島市民14万人(誤差1万人)を殺したんだからな。それでもティベッツ大佐は生涯、謝罪どころか後悔の念を口にすることもなかった。志緒にはそこまで割り切らせることはしたくないが日本の武士道的な死生観は理解させたい。だからあれは必要な説法だった」私がスマートホンを切ると梢が重い口調で呟いた。しかし、私はそれを否定して強く手を握った。
  1. 2023/08/21(月) 13:06:48|
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