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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ590

「北海道の戦争は終わったんでしょう。少しはユックリできないの」「北海道の自衛隊は再攻撃を防ぐために北方領土とサハリンのロシア軍基地を破壊する作戦計画を策定しているらしい。何よりも陸上自衛隊は新潟を全方向から包囲して攻撃準備を整えている。そんなことを赦せば俺はソレンスキーになってしまう」今日も石田首相は絶え間ない閣議を中座して徒歩で首相公邸に帰り、妻の手料理の夕食を口にしていた。事態の長期化を受けて閣僚たちは省庁・機関の長としての職務のため副大臣と交代で戦時閣議に参加しているが石田首相は旧・加倍派の立野官房長官とは政治信条が真逆なので閣議室を離れることはなく睡眠も控室の仮眠ベッドで取っている。そんな中で唯一の息抜きが公邸での夕食とカラスの行水のような入浴だった。こうして夫婦で向かい合って家庭料理を味わいながら日常的な会話を交わしていると首相に就任した時の記者会見で語った重大な決意とは裏腹にこのような国民の平穏な生活を守ることを自己の使命としていたのを今更ながら思い出してしまう。
加倍政権では首相自らが陣頭指揮を執る積極外交の下で外務大臣を務めたが本音では海外の危機的状況にあえて日本が介入する必要性が最後まで理解できず、外交官たちの絶大な信任を有していた管(くだ)官房長官の細部にわたる指導を受けての大臣業務に終始していた。結局、石田外交の成果と自己評価しているのは戦時売春婦=(いわゆる)従軍慰安婦問題の日韓合意だがそれが反日運動の業火に油を注ぎ、大統領が任期途中で辞任に追い込まれる異常事態を招き、国内外で常軌を逸した反日を押し通した前政権によって完全否定されてしまった。その前政権が日韓の武力衝突を発生させたのだ。
「それでもソレンスキー大統領に会って貴方も感激してたじゃない」「あの頃はな・・・今じゃあ戦争を継続して多くの国民を殺している独裁者だ」「それって国営放送のインタビューで広島の市民団体の代表が言ってた見解でしょう。あの後、抗議が殺到したって聞いたけど」「いいや、広島局には賛同する電話やメールが殺到したらしい。それが広島の有権者の意見なんだ」石田首相の説明に妻は昼間の立野官房長官との対話で聞かされた「今では石田首相の存在が日本に危機を招いている」と言う指摘に納得せざるを得ず、内心では迷い続けていた手渡された薬を投与する決意を固めた。
「今夜もシャワーを浴びていくんでしょう」「うん、ユックリ湯船につかりたいもんだな」「またサザンね。貴方の『涙のキッス』を聞きたいわ」石田首相が妻の淹れた茶を飲むと夫婦は話を続けた。実は石田首相はサザンオールスターズの大ファンで特に「涙のキッス」が得意なのだ。それでも有権者との宴席では出席者の世代に合わせて演歌や民謡などのご当地ソングを披露しなければならないが他の地域の自民党支持者のように軍歌を期待されることはない。広島であれば吉田拓郎のような気もするが趣味の問題だ。
「私も一緒に入っちゃおうかしら」「どうした・・・嬉しいが」石田首相が浴室に向かうと着替えを持ってきた妻が意外なことを口にした。妻は石田首相よりも7歳年下なのでまだ若い。最近は一緒に寝ることもないだけに石田首相も少し胸が時めいた。
「今すぐ逢って見つめる素振りみせても何故か心離れてしまう・・・」2人でシャワーを浴びて妻が背中を流し始めると石田首相は本当にサザンオールスターズの「涙のキッス」を口ずさんだ。妻としては別れ歌の「涙のキッス」よりも「愛しのエリー」の方が好みだが、それ以上に気になっていることがあった。
「・・・涙のキッス もう一度キッス 誰よりも愛してる 最後のキッス・・・」石田首相は2番を飛ばしてサビを唄いながら振り返って妻の頬に手を当てて唇を近づけた。しかし、そのまま崩れ落ちて膝をつき、シャワーの湯が流れている床に横たわった。胃の中でカプセルが溶け、薬物が吸収される所要時間だった。妻は手早くシャワーを止めるとバスタオルを持ってきて下半身を覆い、自分も服装を整えて公邸の職員を呼んだ。
「時間になっても出てこないから見に来たら倒れてたのよ」「心臓に異常はないようです。救急車を呼びます」駆けつけた当直の職員も話は聞いているようで異様に落ちついて状況を確認した。立野官房長官が渡したのはイギリス軍の情報機関から入手した生命機能に影響を与えずに回復薬を投与するまで意識だけを喪失させる薬物だった。
  1. 2023/08/27(日) 13:22:48|
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