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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ592

「総理が公邸で倒れられました。自衛隊中央病院に搬送します」「何故だ。総理の主治医は別の病院だろう」公邸の職員から「石田首相が意識を失ったため救急車で搬送する」と言う連絡を受けた立野官房長官は夕食と小休止を終えて戻った閣僚や夕方で正副が交代した大臣・長官に事態を説明した。石田首相の意識喪失は立野官房長官が妻に渡した薬物が原因であり、自衛隊中央病院への搬送もあらかじめ与えていた指示通りだが、そこは驚愕と困惑を演じなければならない。
「現在の状況では総理の身辺警護には万全を期さなければならない。今後、首都圏の治安の維持に人員を割かれる警視庁の警備を強化するよりも自衛隊の駐屯地の方が現実的だろう」石田派の閣僚からの疑問には同じ派閥の双木外務大臣が答えた。実は双木外務大臣とオンライン映像にはまだ映っていない釜田防衛大臣も今回の非常手段の行使には参画している。石田首相の妻に使わせたイギリス軍の情報機関が開発した薬物もニューヨークに存在する自衛隊の非合法組織の人脈で入手したもので思考と意識だけを喪失させる特殊な麻酔薬らしい。それと回復薬をセットにしてワシントンの帖佐防衛駐在官が外務省の外交郵便物として発送して双木外務大臣経由で立野官房長官に届いた。
「長官、自衛隊病院から電話が入っています」「中央病院だな」官房職員に呼ばれて退室する立野官房長官は閣議室のテレビを点けるように指示したが、まだ「石田首相が緊急入院した」との臨時ニュースは流れていなかった。ニュースの発信源に立ち会っている面々がまだ具体的な説明を受けていないのだから当然と言えば当然だ。
「現在、石田首相は三宿地区の自衛隊中央病院に到着して当直の医官の診断を受けています」「集中治療室に入れていないのか」「医官には搬送中も救急隊員から様態が常時届いていたので生命に関わるような重篤な症状でないことは判っていたようです。現時点では意識の喪失と刺激に対する無反応が主たる症状で、脳波には異状ないとのことでした。間もなく脳神経科の専門医が登庁するので続報が入るでしょう」「おッ、テレビでも臨時ニュースが始まったな」閣議室に戻ってきた立野官房長官の説明に双木外務大臣とオンラインに顔が映った釜田防衛大臣は無反応だったが他の閣僚たちは一様に安堵したように口元を緩めた。2000年にも小渕恵三首相が脳卒中で倒れているが四半世紀前の事態なので国会議員として経験しているのは最高齢の尾村農林水産大臣から70歳前後のベテランたちになる。ちなみに石田首相は1993年が初当選なので新人として意識が戻らない小渕首相の病状を隠蔽して自民党の重鎮5名の談合だけで後継者を決めた澱んだ水の渦中で泳いだはずだ。一方、立野官房長官は2000年の選挙で初当選した。
「長官、また中央病院から電話です」臨時ニュースでも先ほどの立野官房長官の説明と同じ内容を報じ始めたため緊急記者会見の設定について議論していると再び官房職員が声を掛けた。立野官房長官は双木外務大臣から薬剤を受け取ってから自衛隊中央病院の首脳陣を呼んで石田首相個人の消極的対応が国家の危機的状況を招いていることを力説して新潟地区での攻勢作戦の間、一時的に職務を停止させる非常手段に同意させていた。その一方で外国軍が非合法に開発した薬物を石田首相に投与することには躊躇があり、安全性の検証を依頼していたのだ。電話は担当の専門医ではなく病院長からだった。この病院長は定年退官した元空将の技官で防衛医科大学校から転任した。
「やはり説明があった通りの効果が表れているようです。内閣としての記者会見も開かれると思いますが病院にもマスコミ各社からの要求が殺到していて応じざるを得ません。同時開催にすれば記者が分散して追及も弱まると思いますが如何でしょう」「確かにどちらを先にしてもそこで発表した情報が次の質問の材料になるのは間違いないな。それでも医学の素人の私が病状を説明するよりも『専門的な質問はそちらで』とかわした方が良いだろう。とりあえずそちらからは『原因は不明』『過去に症例がない』と聞いていると説明しておこう。そうすればそちらでも同じ答えが使えるだろう」病院長としては1995年3月20日の地下鉄サリン事件で被害者を収容した他の大手有名病院が原因を特定できないでいる中、いち早く「毒ガスのサリン」と判定した武功に傷がつくような気がしたが仕方ない。
  1. 2023/08/29(火) 14:43:30|
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