「それでは石田総理の指定を受けている私が不在間の臨時代理を務めさせていただきます」閣議室では自衛隊中央病院が記者会見で石田首相の回復見込みを明言しなかったことを受けて立野官房長官が職務の代行を宣言した。自衛隊で言えば基本教練で指揮官を命じられた隊員が「当分隊の指揮を××3曹が執る」と宣言するようなものだ。
「先ほどの記者の質問じゃあないが代行の分を守って勝手な暴走をしないように心がけてくれ」早速、最年長の尾村農林水産大臣が釘を刺した。内閣官房長官は首相を補佐する立場から内閣の業務全般を把握・統制しているため臨時代理に指名されることが多いが立場としては長官に過ぎず省の長である大臣よりも格は落ちる。
「暴走するつもりは毛頭ありませんが現在の緊急事態に対処する腹は括っています」「防衛出動の発令権限は代理には与えられていないぞ」「それは十分に承知しています」石田派の閣僚たちが次々に釘を刺し始めると一時期は派閥の継承者と目されていた双木外務大臣は申し訳なさそうに立野官房長官に視線を送った。
「それでは地元有権者の批判を恐れて決断を下せない総理が不在になっても内閣として韓国に対馬を、ロシアに新潟を軍事占領されている現状を放置すると言うのですね」「ほらほら本音が漏れだした。例え臨時代理が独断で防衛出動を命じても国会の承認が必要なんだ。ロシアは兎も角、中国が主導している以上、我が党を含めて今の議員たちが賛成するはずがないぞ」石田派の閣僚たちの釘刺しは止まらない。アメリカでは北京から無尽蔵に工作資金を提供されている中国系移民が連邦議会の上下院議員に政治献金して日米安全保障条約の発動と防衛装備品の供与の阻止の実績を上げているが加倍首相が暗殺されてからの日本の国会議員でも親中を公然化している野党だけでなく与党まで「お前も暗殺されたいか」と脅迫を受け、北京への臣従の見返りに提供される利権の餌に喰らいついた売国奴が急激に増殖している。最近では自民党の宴席の作法になっている日章旗を見ながら「国旗国歌法を改定して赤旗にしよう」と嘲笑している古参議員もいる。勿論、支持者の前では日本の防衛に熱弁を奮っているのだが。
「どうやら石田総理の側近の皆さんは日本が無条件降伏して中国とロシア、おまけに韓国が要求している領土を割譲すれば国民が血を流すことなく事態が終息すると思っているようですね。これまでの派閥出身の総理たちの言動を見るとそれが教義なのかも知れませんな」ここでオンラインの映像から無派閥の釜田防衛大臣が口を挟んだ。釜田防衛大臣は再就任時の内局の官僚に取り巻かれた消極姿勢を転換し、自衛隊の長として陣頭指揮に当たる姿に「漢(オトコ)カマコー」と国民の絶大な人気があった父親の再来と賞賛されるようになっている。ここでも石田首相が政治の師と仰ぐ某首相が野党とマスコミに阿(おもね)って現実を無視した国際平和維持活動等に対する協力に関する法律=PKO法を成立させて海外の現場に赴く自衛隊に尻拭いを強要したことを踏まえて批判している。PKO法がようやく国際標準になるのは16年後の加倍政権による全面改定を待たなければならなかった。やはり双木外務大臣は渋い顔をして腕組みした。
「ここで内閣総理大臣臨時代理として閣僚の皆さんのお耳に入れておかなければならないことがあります。私は明日、治安出動している自衛隊に対して警察法71条から75条に規定する緊急事態の特別措置を布告します」立野官房長官はこの布告については石田首相の妻に薬剤を渡した後に関係する双木外務大臣と釜田防衛大臣、そして沢国家公安委員長には根回ししている。ただし、岩場派の才藤法務大臣は除外した。
この布告はあくまでも警察を対象にするものだが、戦争だけでなく大規模な騒乱や災害などの緊急事態が発生した時の政府の特別権限を明記していない日本国憲法において可能な限りの対応を規定していて通常の警察法や警察官職務執行法を超えた職務権限を付与していると解釈されているが明確には条文化していない。
「これまで自衛隊は平時の警察法と海上保安庁法、警察官職務執行法の規定を準用する中で治安出動と海上における警備行動を実施してきましたが布告後は不法侵入者の強制排除の命令を執行するために武器を使用させます」警察法の緊急事態の特別措置も20日以内に国会の承認を必要とするが統合幕僚監部の作戦見積もりでは間に合うはずだ。

日章紅旗
- 2023/08/31(木) 14:23:02|
- 夜の連続小説9
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