「マンチカパーリ ノダリーツ エス パスティゾヌ・・・」翌朝、新潟県内全域の上空を陸上自衛隊のUHー60多用途ヘリコプターが巡回飛行した。UHー60はソビエト連邦時代からロシアの歌謡界に君臨している大物女性歌手・アーラ・ウガチョーワの「マーラーが与えた人生」を流している。この歌は日本では加藤登紀子が全く内容が違う「百万本のバラ」にして大ヒットさせたが、原曲はソビエト連邦に支配されていたバルト3国のラトビアの子守唄に新たな歌詞をつけた1981年の歌謡曲で、それをウガチョーワがさらに歌詞を換えて翌年に発売するとソビエト連邦に併合されている他の民族の共和国や東欧諸国で超大ヒットになった。北海道では加藤登紀子の日本語のCDしか入手できなかったが今回は東京で見つけたウガチョーワのロシア語版になった。
「サタバスヤ(降伏しなさい)「ネーソプロティヤ(抵抗しちゃあ駄目)」「ブロスシボユ オルシエ(武器を捨てて)」続いて女性の流暢で美しいロシア語での呼びかけになった。北海道ではヘリコプターに同乗した語学要員の生放送だったが今回は録音だ。この発音は明らかにネイティブだが軽くチェチェンの訛りがあるのは何故だろう。
「本当に効果がありますね。ロシア軍が建物の窓から顔を出しています」「携SAMを構えていないか」「人間の上半身以外に見当たりません」機内ではパイロットと後部座席から双眼鏡で地上の様子を確認している陸曹が状況を話し合っていた。北海道ではヘリコプターで降伏を勧告する時、主題曲に加藤登紀子の「百万本のバラ」を使った。すると捕虜になったロシア兵の多くは「物悲しい前奏を聴くだけで急に家族に会いたくなった」と証言していたので今回も採用したらしい。ただし、この勧告放送は警察権を執行するための手順に過ぎずヘリコプターが空域から撤収すれば入れ替わりに地上部隊が進攻を開始して北海道以上の猛攻を加えることになっている。網走市内では戦車からも勧告放送したが今回はロシア兵の姿を見れば機銃掃射になる。
「ロシア兵がいる建物を地図に記録しろよ」「はい、北海道みたいに手間をかけていられませんからこの辺りを特科に砲撃してもらいましょう」陸上自衛隊では攻勢作戦を発動するに当たり、これまでの治安出動と緊急事態の特別措置の違いを説明したが「寸止め空手からフルコンタクト空手になる」と理解した者も多かった。確かに防衛出動ではないので戦争法だけで規制される戦闘まではいかないがかなり自由に武力を行使できるはずだ。幸いなことにアメリカでは軍事産業が「日米安全保障条約を発動すれば一斉に退職する」と脅迫していた中国系と半島系の移民を「危険分子」として解雇したので増産体制が確立されてミサイルや弾薬の供与が始まった。
「それでは攻撃される前に離脱しましょう」「と言っても次の仕事は松本から高田へ物資の往復輸送だからな」コパイ=副操縦士が偵察を兼ねた勧告飛行の終了を申告すると機長は苦笑しながら答えた。今回の作戦計画では松本駐屯地の第13普通科連隊は新潟県の東端の高田駐屯地の第3普通科連隊や先に県境の関山演習場に展開している富士駐屯地の特科教導隊と駒門駐屯地の機甲教導連隊と共同して山形県から南下してくる東北方面隊と新潟市付近のロシア軍主力を挟み撃ちにすることになっている。ところが長野県の教職員と地方自治体の労働組合の活動家が業務を放棄して主要幹線の国道18号線だけでなく迂回路の117号線や292号線、353号線まで私有車と人間のバリケードで封鎖して第13普通科連隊の移動を阻止しているのだ。
「石田総理は倒れたままのようですが最高指揮官不在になった途端に積極攻勢に転換するなんてでき過ぎですよね」「誰が足を引っ張っていたか見え見えだよな」UHー60が妙高山を越えると県境付近の18号線には多くの私有車が横向きに駐車してあり、その前方には座り込んでいる人間が群れをなしていてOD色の車両が列を作って停車していた。第13普通科連隊はロシア軍の新潟上陸直後は関山演習場に展開していたが対処の長期化による部隊の再編成のため松本駐屯地に戻っていた。そこにつけ入られた形だ。実は出発するに当たり機長たちは相馬原駐屯地に派遣されている東部方面隊の運用幕僚から必要があれば上空から手榴弾を投下してバリケードを破壊する許可を受けていた。後は活動家たちが持ち込んでいた対人地雷POM3が爆発したことにする手筈だ。

音源のネイティブ・チェチェン人女性
- 2023/09/02(土) 15:16:15|
- 夜の連続小説9
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