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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

関東大震災から100年目だそうですが・・・。

今年は関東大震災から100年目なのだそうで新聞やテレビ各局も最近は記憶に生々しい2011年の東北地区太平洋沖地震の3月11日に取り替えていた9月1日の「防災の日」を珍しく腰を入れて報道していました。
しかし、関東大震災は午前11時58分に発生したため昼食の支度をしていた台所からの出火が相次ぎ都市部ならではの火災旋風による死者数が東京と震源地の神奈川を中心に105385人と日本史上最悪の地震災害になりましたが、「首都が壊滅した」と言う意味では東京大空襲の死者数は11万5千人以上であり、被害も焼夷弾による人為的火災旋風と共通しているため敗戦後は反戦平和運動の喧伝に混同されています。
その他の明治、大正、昭和の大地震は明治24(1891)年10月28日の濃尾地震のマグニチュード7.3、主に家屋倒壊による死者数7273人。明治29(1896)年6月15日の明治三陸地震のマグニチュード8.2から8.5、主に津波と家屋倒壊による死者数21915人と行方不明44人。軍によって秘匿されていたため全国区では認知度が低い昭和20(1945)年1月13日の三河地震はマグニチュード6.8でも死者数2306人と行方不明1126人で東海地方の軍需工場は壊滅しました。
一方、平成の31年間には天皇が日本古来・土着の八百万の神々に嫌われていたこともあり大地震だけでも1995年1月17日の阪神淡路大震災はマグニチュード7.3、死者数は6434人でしたが関東大震災以上に都市を直撃する地震の脅威を日本人に痛感させました。2011年3月11日の東北地区太平洋沖大地震ではマグニチュード9.0、明治三陸地震の巨大津波を口実に小沢一郎が建設利権で作らせた万里の長城と呼ばれる防波堤を超える超巨大津波や家屋倒壊などで死者数22318人が出ましたが東京のマスコミにとっては福島第1原子力発電所の原子炉破壊が最大の収穫だったようです。続く2016年4月14日にはマグニチュード6.5、4月16日にもマグニチュード7.3の大地震が「地震が起きない安全県」を売り物にしていた熊本で発生しました。この地震では災害死は50人なのに対して関連死が218人と都市部の市民の脆弱性が虚実に現れました。
やはり現在のマスコミとしては平成の大地震を経験している読者・視聴者に100年前の関東大震災の被害を防災の教訓にさせることが困難なのは判っているようで、東海地震の予言が外れたまま半世紀以上が経過してハザードマップで危険性を指摘していない地域での大規模地震の続発で権威が完全に失墜した地震学会が新たな研究予算を獲得する口実として言い出した東南海地震を喧伝する一方で過去の教訓として日本人による在日半島人殺害事件を極めて詳細に解説していました。その時、NHKの解説員は日本人の殺害に「根拠がない」と何度も繰り返していましたがあの殺害には根拠がありました。
関東大震災直前の大正10(1921)年6月3日に東京府の市電に勤める在日半島人が夫婦で居候させてくれている同僚夫婦と子供を逆恨みから殺害して、日本刀で通行人に斬りつけて10人以上を負傷させ、押し入った上司宅でも4人を殺害する凶悪事件を起こしていたのです。その恐怖体験が集団心理を引き起こしても不思議はありません。
  1. 2023/09/03(日) 15:16:37|
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