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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ599

「出遅れてはいかん。我々も出動するぞ」陸上総隊から送られてきた東北方面隊の中継映像を見てこの戦闘団の指揮を執るために来ている第12旅団の副旅団長が席を立った。通常の戦時編制では1個普通科連隊に支援する特科大隊や戦車中隊、戦闘施設中隊などを加えて戦闘団=MiDを構成し、戦闘団長は中核となる普通科連隊長が務める。この編成替えを省略するため平時から他の職種も混成配置しているのが即応機動連隊だ。ところが今回は2個普通科連隊に機甲教導連隊、さらに連隊に準ずる特科教導隊と第5施設群による大規模な部隊編成なので本来は旅団長自ら指揮を執るべきところだがそこは副旅団長に譲ったようだ。旅団司令部には副旅団長と幕僚長の1佐が2人いるので丁度良い配役ではある。各連隊長、教導隊長、群長も1佐ではあるが。
「ニュースです。本日の午後3時過ぎに陸上自衛隊が新潟県北部に進攻を開始しました。いよいよロシア軍との戦闘が始まるようです」第13普通科連隊の隊員たちの遅い昼食が終わるのを待って副旅団長=戦闘団長以下が指揮所を出ると各部隊の留守番になった3科の古参陸曹たちはテレビを点けた。すると日本のマスコミには珍しく開始したばかりの作戦を速報していた。マスコミとしても防衛省・自衛隊は防衛秘密として完全に秘匿している部隊の動きには目を光らせていて青函フェリーを使って山形県の酒田港に陸揚げされた大量の戦車が鶴岡市内で東北方面隊の部隊と合流して編成を取り、昨夜から南下を始めたことは把握していた。これまでフリー・ジャーナリストが現場で撮影してくる写真を買い上げて記事やアナウンサーが読む台本の文章は勝手な作文で報道していることに疑問を抱くようになった若手記者たちがイギリス人の男女新聞記者が新潟県内に潜入して取材して報じた事実に世界が動いたことを目の当たりにして今回だけは「真実を伝える」と言うジャーナリスト魂を燃え上がらせて殺気を帯びた自衛官に銃を向けられ、身柄を拘束されても屈することなく追跡を続けていた。
「続いてニュースです。現在、長野県警が新潟県との県境で発生した爆発事件を説明する記者会見を行っています。発表によれば道路を封鎖していた反戦平和団体が持ち込んでいたロシア軍の対人地雷が次々に爆発して全員が死亡したとのことです・・・只今の警察の発表では犠牲者は38名だそうです」長野県と新潟県の県境が反対派に封鎖されていたため関山演習場に展開していた特科教導隊はアメリカが生産・供与を開始した砲弾をヘリコプターによる空輸以外は受領できず、富山県方向から姫路駐屯地の第3特科隊と豊川駐屯地の第10特科連隊の在庫を送っていた。一方、本州では機甲教導連隊以外に戦車は配置されていないので他に砲弾の在庫はなかった。
「ここで解説は長年、防衛省・自衛隊を担当してきた報道部の土筆(つくし)デスクです」女性アナウンサーの紹介を受けてカメラが引き、隣りに座っている見覚えがある白髪の男性が画面の端に映った。土筆と呼ばれたこの報道屋は内局の官僚の批判の請け売りが専門のマッチポンプ(火を点けておいて水を掛ける)の常習犯なので自衛官には嫌悪されていて防衛省は担当でも自衛隊は専門外だ。
「石田総理が倒れて2日、まだ意識が戻らないと言われている中での反転攻勢を土筆さんはどう思われますか」「臨時代行である立野官房長官としては自衛隊の治安出動の一環としての武力行使だから石田総理の決定の範囲内だと言うんでしょうが果てしなく越権行為に近い暴走でしょう。今回、立野官房長官は旧・加倍派らしく『待ってました』とばかりに暴走し始めましたが、事態が鎮静化してから責任の追及を含めて国会で徹底的に議論するべきです」この言い方では土筆が人脈にしている内局の官僚も流石に石田首相の意識喪失の経緯に関する情報は漏らしていないようだ。
「それでも自衛隊が反転攻勢で出れば新潟県内はウクライナのように一面の廃墟になってしまうんじゃあないですか」「ウクライナと新潟では侵攻しているロシア軍の規模が違いますからあそこまでの激戦にはならないと思います。現時点で戦力は自衛隊の方が上回っているようですから短期戦で終わることを祈ります」「戦力では憲法違反になります・・・武力ですね」珍しく自衛隊に肯定的な土筆の解説も女性アナウンサーが台無しにした。この訂正の指示をカメラの横の文字スクリーンで与えたのはディレクターだ。
  1. 2023/09/05(火) 13:31:33|
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