「ケンシン3(混成戦闘団3科)、ケンシン3、こちらリューセー(流星)、リューセー。感明(感度と明瞭度)遅れ」「こちらケンシン3、感明数字の5、送れ」高田駐屯地を出発した混成戦闘団・ケンシンは機甲教導連隊2中隊、3中隊の90式戦車を先頭に柏崎市内に進攻した。戦車の前にはこれまでのゲリラ攻撃で柏崎市内のロシア軍の配置を熟知している第2普通科連隊の軽装甲機動車が先導している。流星は機甲教導隊時代に戦車の砲塔に描かれていた2中隊の旧・部隊章だが航空自衛隊と違って英語にはしない。その分、「ケンシン・サン」では親しみを込めて呼んでいるようだ。
「貴所の感明数字の5。現在、リューセーは柏崎市役所に到着しました。ロ(ロシア軍の略称)の人員、車両等は見当たりません。ビシャモン(毘沙門=上杉謙信の守護天・第2普通科連隊)が到着次第捜索を開始します。送れ」「ケンシン3、了解終わり」柏崎市を占領している1個歩兵連隊程度のロシア軍は網走市と同様に非常電源用の発電施設が設置されている市役所を指揮所にして周囲の小中学高校を宿営地にしていた。
新潟に侵攻した時、ロシア軍は柏崎市の海岸に揚陸艦を接岸させて戦車や自走砲、装甲車などの戦闘車両を多数運び込んだが、主力は新潟市内に移動させて刈羽崎原子力発電所を人質にするための破壊用の自走砲や必要最小限の戦車と人員用装甲車を残しただけだった。それでもロシア軍はアフガニスタン侵攻時に現地人ゲリラ・ムジャーヒディーンの狙撃によって甚大な人的損害を出したソビエト連邦軍の戦訓を継承しているため占領地でも装甲車を自家用車代わりに使っている。
「ケンシン3、ケンシン3、こちらテーキョー(偵察教導隊)、テーキョー、当所における貴所の感明数値の5」「貴所の感明数値の5」「ドローンによる柏崎市全域の偵察の結果、ロシア軍の部隊、車両、人員は確認できません。現在、偵察小隊が周辺の幹線道路を偵察中ですが路面に多くのキャタピラの跡が残っているようです」本来はケンシン3の「送れ」を待って報告を始めなければならなかったのだがテーキョーはこの情報の緊要度が高いと判断したのだろう。
陸上自衛隊の偵察隊が現在の感覚では別の職種のように思われる機甲科=戦車に属しているのは明治初期にヨーロッパ式の軍事組織を模倣した際、戦場での偵察が騎兵の任務だったため第1次世界大戦で戦車と飛行機が登場して騎馬戦の時代が終わったことを自覚した騎兵士官たちの多くが搭乗員になり戦車は騎兵の領分になった。日本陸軍ではヨーロッパの騎兵士官のように自前で馬を飼っている貴族階級ではないので、馬も陸軍が用意しなければならず結局、発展しなかったが兵科としては敗戦まで残り、偵察も戦車化した騎兵の専有物になっていた。それを陸上自衛隊が踏襲したのだ。そのため偵察隊員は必須になっているレンジャー(アメリカ陸軍では歩兵)だけでなく戦車を操縦する大型特殊と偵察用バイクのための自動二輪の2種類の運転免許を取得できる。
「ケンシン3、ケンシン3、こちらビシャモン、ビシャモン。市役所に到着しました。送れ」「こちらケンシン3、現時点の情報ではロシア軍は新潟市方面に撤退したようだ。戦力を集中させて抵抗するつもりらしい。無人になっているようなら建物内でもPOM3やブービー・トラップに注意しろ」「了解。捜索隊員に周知します」混成戦闘団本部には作戦に参加している各部隊の幕僚と陸曹たちが集まっているが第2普通科連隊がゲリラ戦で少なからぬ損害を出していることを知らない人間らしい。
「ドアの内側にワイヤーが張ってある。早速、ブービートラップです」「面倒臭い、爆発させて処理しろ」柏崎市役所の庁舎の横に突き出した玄関から突入する小隊は開かない自動ドアを破壊するのではなく手動の通用口のガラス製のドアに向かった。その前にスマートホンのライトで隙間を確認すると床から5センチくらいの枠の部分に一本の金属製ワイヤーが張ってあった。
「ドアを開けます。伏せて下さい」「お前こそ伏せ遅れるな」「はい、河井3曹」ドアは外側に開けるようなので金属製の棒状のドアノブを引くことになる。ロシア軍はLGD5手榴弾をブービートラップ用に開発した即座に爆発する信管に換装しているので危険性は高い。やはり見栄え優先の全面ガラス張りは強度の上では色々と問題がある。
- 2023/09/06(水) 15:36:18|
- 夜の連続小説9
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