村上市はリアス式海岸の入り江が埋め立てられたような地形で海岸近くの旧城下町の市街地は山の稜線まで広がっている。しかも村上駅前の狭い中央通り以外は大半が住宅地なので第25普通科連隊が網走の捜索で苦労した二の舞を踏むことになりそうだ。捜索を担当する第20普通科連隊は田園地帯に点在する集落ごとにトラック1台分の隊員を残して捜索に当たらせているが、在庫一掃の置き土産のように対人地雷POM3とブービートラップが仕掛けられていて捜索の前に接近と立ち入りが困難になっている。
「これだけの住宅地に隠れているロシア軍を探すのは大変でしょう」「邪魔しないように頼むよ。それからロシア軍の対人地雷は踏んだりワイヤーを引っ掛けたりしなくても人間が歩く振動に反応して作動するから勝手な行動は命がけでやってくれ」市街地と田園地帯を隔てている門前川を渡って郊外に建ち並ぶ量販店の1つの広大な駐車場に第20普通科連隊・トクナイの車両が停車すると周囲を第11戦車隊の90式戦車が防護壁を作った。高機動車を下りて市街地を見渡すと暗い月明かりで光っている瓦屋根が海面のように広がっていた。それを見て2人の若手記者は我が事のように心配してくれたが、郊外の集落にまで嫌と言うほど置き土産しているロシア軍が無事で済ますはずがない。
ズーン、ヒューン、バババババ・・・「また銃声ですね。録画します」その時、さほど広くはない市街地の向こうから爆発音と銃声が再開した。それを聞いて記者たちは仕事を始めたが、この位置では閃光が夜空を照らす光景は見えない。
混成戦闘団・ヨシアキは日本海沿岸東北自動車道ではなく国道7号線で村上市の内陸に広がった田園地帯に入ると戦車を農道に横一線に並ばせて進攻させた。同時に一部が海岸沿いの国道348号線を封鎖しながら前進して市内に残留しているロシア軍部隊を南に追い出した。それを国道113号線で奥羽山脈を越えた福島駐屯地の第44普通科連隊と新発田駐屯地の第30普通科連隊が連携して待ち伏せしていた。
ただし、村上市のロシア軍は開戦時に在新潟半島人からの「日軍が大規模な陣地を構築している」との情報を受けて高射教導隊が展開していた大日原演習場に多数の弾道ミサイルと徹底的な空襲を加えて第30普通科連隊を壊滅させたと信じていたため新潟から上陸させた主力部隊と柏崎の機甲部隊で県全域を占領できると思い込んでいた。村上市のロシア軍は県境監視のために派遣された中隊規模の歩哨のようなもので補給路を第30普通科連隊に遮断されてからは弱体化の一途を辿っていた。
「裏通りまで走ってみましたが人間の気配はありません」「戦史ではロシア軍は狙撃兵を常用するようだが今回はPOM3に任せたようだな」そこに第6偵察隊のバイクも合流した。偵察隊の指揮官の1尉はドアの柱に細く巻いた連隊旗を立てたパジェロ=連隊長車の前で出迎えた連隊長に敬礼すると確認してきた市街地の状況を報告した。
この場面は国営放送の連続ドラマ「坂の上の雲」で主人公の1人、兄の秋山好古少将が派遣した騎兵斥候の偵察結果の報告と共通している。確かに当時は広大な大陸を偵察して回るのは騎兵以外になく遠距離機動による奇襲攻撃と並ぶ主要任務だったが、「馬が250ccのオフロード・バイクに代わった」と言われても疑問がある。むしろ「歩兵の疾走が機械仕掛けになった」と言われる方が得心はいく。
「途中の集落でも大分、POM3で損害が出ているようだから道路の中央を歩いて巡回して終わりにしよう。狙撃兵がいれば射ってくるはずだ」「POM3で死ぬ人命とスナイパー(狙撃兵)に射殺される人命では何が違うんですか」すると遠巻きにしている人垣に加わっていた若手記者が不躾な質問をした。本来は連隊長が恩情で混成戦闘団長の許可を得て同行を許されたのだからジャーナリストの追求本能も抑えなければならない。しかし、連隊長は温和な表情と口調を変えることなく答えた。
「生存確率の問題だな。夜間ではナイトスコープで狙っても命中率は100パーセントではない。一方、POM3では君たちの同僚のようになってしまう可能性が高い。村上市内のPOM3の排除は明日になってから施設科のプロに任せることにする」「有り難うございました」「おかげで隊員たちへの補足説明ができたよ」若手記者が謝辞を述べて深く頭を下げると連隊長が意外な礼の言葉を返してきた。
- 2023/09/12(火) 15:15:40|
- 夜の連続小説9
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