結局、ヘリコプターの呼びかけに応じて停車した高機動車に集まってきた記者は8名だった。内訳は新聞社とテレビ局が3名ずつ、雑誌社が1名、インターネットのニュースサイトが1名だ。テレビ局は傘下にある新聞社から情報の提供を受けていると思われがちだが、最近は即報性を重視するため独自に記者を派遣するようになっている。それでも2人で行動する時は系列の新聞社とテレビ局で組んでいる。対人地雷POM3で死亡した人物については「雑誌社なので単独行動だった」と記者たちが説明した。
第20普通科連隊は住宅街を縦横に引かれている通用路を徒歩で巡回し、記者たちも各中隊に同行することを許可された。網走では戦車を先頭にしたが村上市では道幅が狭いため通用路の入り口の車道で停車して主砲を向けている。
「本来であれば砲撃で家屋を破壊して人間が潜伏することが不可能な状態にしてから占領するもんなんだよ」「そうなんですか・・・それで対人地雷も除去できますか」今でも日本では乃木希典愚将の旅順要塞攻城戦に象徴される敵陣地への肉弾攻撃に等しい突撃を歩兵=普通科の美学と思い込んでいるが、欧米では砲撃や爆撃によって徹底的に破壊した後に占領するのが常識だ。そのため自衛隊の地上戦闘の訓練では敵の応戦を避けながら早駆けによる発進停止、匍匐前進、射撃を繰り返して陣地目前に迫り、陸上自衛隊では形式的に特科による援護射撃の後、航空自衛隊ではそれもなく突撃するが、アメリカ軍では破壊された敵陣地で生存者を捜索し、発見すれば捕獲、攻撃してくれば応戦、逃走すれば射撃する占領のための手順を演練している。
「POM3に関する情報はほとんど手に入れていないから何とも言えないが、爆発で地面を抉れば本体が破壊されるか、信管が誤作動するから効果はあるはずだ。しかし、そこまで砲撃を加えればこの街は一面の廃墟になってしまうな」中隊長は横を歩いている記者に現地教育を始めたが思いがけない鋭い質問に門外漢なりの説明を返した。
確かに陸上自衛隊は在日アメリカ軍からウクライナでロシア軍が使用している対人地雷として人間が歩く振動で作動するPOM3の情報は聞いていたが、他に類例がない新兵器だけに有効な対策は講じられず、道東に国後島から発進したヘリコプターが撒き散らした大量のPOM3によって多くの犠牲を払った見返りに実物を入手することができた。
「それじゃあ僕たちが『ポムさん』を知らなくても仕方なかったんですね」「それで死んでしまっては仕方ないでは済まないだろう」どこかお気楽な若手記者の反応に中隊長はここが戦場であることを再認識させる言葉を投げかけた。ただし、POM3を「ポム・スリー」と呼ばない中隊長にも原因の一端はある。
それにしても村上市の古い町並みは茅葺屋根の古民家も点在していて一軒一軒の敷地が広大だ。ここならばPOM3や即座に爆発する新型信管を装着した手榴弾BGD5を使ったハニートラップを仕掛ける場所は選び放題だ。夜間に捜索するのは命取りだ。
「ニャー、ニャー」「おやッ、猫だぞ」「猫が塀に縛り付けてあるぞ」暗闇の中で猫の鳴き声が聞こえてきた。住民が避難して1年が経過して陸路からの補給路を断たれて食料が欠乏しているロシア軍は放されていた犬を食べたらしいが、逃げ足が早くネズミや鳥などを捕まえて自活する猫には手を出さなかったようだ。それが塀に縛られているところを見ると癒し系のペットとして飼っていたのかも知れない。
「可哀そうに紐が短いじゃあないか。これじゃあ身動きできないよな」下に切れ間がある板塀の支柱の根元に縛り付けられている猫を見つけた隊員は小銃を隣りの隊員に手渡すとしゃがんで紐を解いた。すると猫は隊員が伸ばした両手をすり抜けて庭の中に逃げて行った。その首からはワイヤーを引いていた。
ドーンッ、ワイヤーが伸び切った瞬間、隣りの支柱の根元で爆発が起こり、赤みを帯びた黄色の火炎が狭い通用路を走り、破片が空気を切り裂く悲鳴のような音と周知に飛び散る乾いた音がした。通用路には3人の隊員が倒れていた。
「ブービートラップだ」「損害を報告しろ」「3名、2名は死亡、もう1名は反応があります。氏名は・・・反応があるのは大野士長」現場に駆け付けた小隊長からの報告を受けている中隊長の横で記者たちは「明日は我が身」と言う古語を思い出していた。
- 2023/09/13(水) 14:07:05|
- 夜の連続小説9
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