「ジョーネン1、ジョーネン1、こちらビシャモン1、ビシャモン1、感明送れ」「おう、聞こえとるぞ」新潟を南から進攻している高田駐屯地の第2普通科連隊と松本駐屯地の第13普通科連隊は柏崎市内が無人であることを確認すると長岡市に向かった。途中、関山演習場を交代で使用していて顔見知りの両連隊長が直接無線で連絡を取った。
ジョーネンは海抜2857メートルでも位置関係で松本市内から最も目を引く常念岳から採った。雪が溶けて田畑に野草の若芽が萌えた早春の深い蒼空に浮かび上がる真っ白い常念岳は松本の守護神のようだ。黒い板壁の松本城との組み合わせもまた美しい。
「何だか俺たちの出番のような山越えだが車両で大丈夫なんだよな」「うん、クレージー13に活躍してもらいたいところだが出遅れた分、時間が惜しい」地図上では柏崎市と長岡市は隣接しているが実際は海抜992.5メートルの米山、891メートルの黒姫山、518メートルの八石山からなる刈羽三山に隔てられていて徒歩での移動であれば第13普通科連隊の山岳レンジャー=クレージー13の出番だった。しかし、長野からの県境が反対派の教職員と自治体公務員労組に封鎖されていた分、到着が遅れた。
「ロシア軍はウクライナでは地雷原で反転攻勢を阻止したが、日本でも同じ手を使うつもりらしいな」「それも対人地雷だから始末が悪いよ」第2普通科連隊はこれまでのゲリラ攻撃でもPOM3で多くの隊員を失っていて柏崎市内では捕虜になっている生存者を探したが収容所らしき施設さえ見つからなかった。その一方で市街地を手分けして捜索した第13普通科連隊には一般的な占領・制圧の概念を捨ててロシア軍の存在だけを確認して素通りすることを提案した。そして刈羽崎原子力発電所に1個中隊を残して進攻を再開した。こちらでも対人地雷の排除は勝田駐屯地の施設教導隊から派遣されたPOM3の専門家が同行している後続の第5施設群に任せた。
「ところで長岡はお前さんのご先祖が痛い目に遭った場所だろう」「河井継之助かァ。ウチよりも毛利の方が痛かったぞ。自慢の奇兵隊を全滅させられたんだからな」第13普通科連隊長は鹿児島県出身の第2普通科連隊長に戊辰戦争で圧倒的優勢だった薩長土肥の反乱軍が長岡藩に痛撃を喰らった史実を持ち出した。
戊辰戦争では長崎で暗躍した藩士に買い付けさせたヨーロッパの近代的銃火器を保有していた鹿児島や佐賀、稀代の悪徳武器商人・坂本龍馬が密輸した南北戦争の終結で不要になったアメリカの銃火器を農民に持たせて奇兵隊にした山口、その余りを引き受けた高知が火縄銃と弓矢、槍と刀で戦う幕府軍に圧勝してきたが、長岡藩だけは家老・河井継之助の先見的な軍制改革で強力な防御態勢を敷いていた。ここで過去の連戦連勝で自分の実力を過信していた奇兵隊は長岡藩に壊滅させられた。
これは「仮にロシア軍が長岡市を防衛線として抵抗すれば先祖の仇討ちとして奮闘せよ」と言う激励のつもりだったが本当は仲が悪い薩長の溝が理解を妨げた。実際、県民性=価値観は真逆の両者が明治政府内で激しく対立したのは至極当然だった。
「偵察隊の報告では長岡市内にもロシア軍の姿はないらしいぞ」「長岡は柏崎や上越よりも市街地が広いから現時点では鵜吞みにはできないが、友軍からの情報では残存兵力を新潟市に集結させているらしい」日本の監視衛星が中国によって破壊されたため限定的に漏洩してもらっているアメリカからの情報によればロシア軍は新潟県内に配備していた地上兵力を新潟市に集結させて日露戦争の陸の関ケ原・奉天会戦以来の一大決戦を挑むつもりらしい。その一方でアメリカからは「ロシア軍と中国軍が弾道ミサイルの飽和発射(連続同時多数の発射)を準備している」との危険な情報も届いている。
確かに軍事大国・ロシアがウクライナ侵攻で戦力を消耗し切っている中で同盟国・中国の要請を受けて参戦しながら北海道に続き新潟でも敗北すれば面目丸潰れでは済まない国際的地位の暴落が起きる。これでは前回の日露戦争の二の舞だ。そのため「窮鼠猫を咬む」どころか「窮熊猿を喰う」とばかりに打てる手は打ってくるはずだ。
勿論、連隊長の1佐クラスでは海外で活動している自衛隊の非合法な諜報組織の存在を知る筈はないが、今回の武力衝突が起こって以来、極めて正確な海外軍事情報や適切な世論工作の成果を聞くと階級甲斐もなく映画の世界に真実味を感じるようになっている。
- 2023/09/15(金) 15:41:10|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0