「4高群を柏崎市内に展開させろ。次の弾道ミサイルを迎撃するんだ」中部航空方面隊司令官は刈羽崎原子力発電所が破壊された時の放射能漏れを恐れて柏崎市内の予定地に到着しながら発射準備を開始せず、逆に避難=撤退を具申してきた第4高射群の2個高射隊に厳命を下した。中部航空方面隊司令部にも日本海に展開している海上自衛隊のイージス護衛艦隊が飽和発射したロシア軍の20発の弾道ミサイル中、半数を超える12発を撃破した戦果と長岡市の中心部を捜索中だった東部方面隊混成戦闘団の第13普通科連隊の担当地域に3発が着弾し、地下に避難したまま生き埋めになったとの情報は届いている。撃破した弾道ミサイルの内、何発かは刈羽崎原子力発電所を狙っていても不思議はない。
肝心の第4高射群は刈羽崎原子力発電所と能登半島中央部の志賀原子力発電所に2個高射隊を分散配置しているので指揮所運用隊は中間地点の富山駐屯地に移動していて毎度の如く入間基地と指揮所運用隊、指揮所運用隊と各高射隊の通信回線の設定に延々と時間を要していた。柏崎市に到着した時間から考えて弾道ミサイルの着弾には間に合わなかっただろう。同じように移動警戒隊や移動通信隊が機動展開しても通信回線の確立は迅速で高射部隊の能力には疑問を抱かざるを得ない。実際、小松基地で待機していた時、原子力発電所の防御と言う任務を考えれば陸上自衛隊が新潟県内を制圧すれば柏崎市に移動することは判っていたはずなのに発射態勢を採っていた。それが出発が遅れた原因だ。中部航空方面隊司令部には「若狭湾の原発銀座の防御のため」と説明したが何かを間違えている。
「4高群から刈羽崎原発に配置されている陸上は化学防護衣を着ている。展開させるなら至急手配しろと要求して来ました」航空方面司令官の命令を高射幹部の運用幕僚が第4高射群に伝えると数分の間をおいて返信が入った。それを受けた兵器管制官部の運用幕僚はそのまま首脳陣に報告した。すると怒ったのは幕僚長だった。
「それは誰が言っているんだ。化学防護衣は有毒ガスやフォールアウト(核の灰)には効果があるが、放射能は遮断できない。ましてや爆発には無意味だ」幕僚長は空将補に昇任して最初に配置された職務は飛行教導群・アグレッサーや警備教導隊を指揮下に置く航空戦術教導団司令だった。つまり防衛大学校出身ながら凄腕のイーグル・ドライバー=Fー15のパイロットであり、警備教導隊を通じて陸上自衛隊に関する知識も潤沢に収集している。そんな中で他の高射群と同様に年次射撃=ASPに熱中し、その命中精度を誇示する教導高射隊に対してはある種の不信感を抱いていた。
「陸上は生き埋めになった隊員の捜索は第5施設群に交代させて残った普通科連隊には新潟への前進を命じた。一刻も早く救出したいと言うのが隊員たちの気持ちだろうが、感情で作戦を遅滞させることは許されない。それが現在新潟で行われている任務なんだ」幕僚長に代わって司令官が説諭を始めると高射幹部の運用幕僚が重い口調で伝達した。
高射幹部の運用幹部としても根室で第6高射群が全滅して多大な犠牲を払っても実戦を日常化させている戦闘航空団やロシア軍の攻撃の危険に晒されながら救助活動を遂行している航空救難隊、そして敵の手が届く場所で警戒情報を送り続けているレーダー・サイトに比べると真剣みが欠けていることを実感していた。
「結局、俺たちは裸で火の中に立てと命令されたようなものだな」「そうすね。防護衣もなしで放射能を浴びたらそれで終わりっす」高射隊は司令官の厳命と説諭を受けて展開地の柏崎市の学校のグランドで発射準備を始めたが腹に不満を抱いているので作業は迅速ではない。高射部隊が手際よく発射準備するのはASPでの採点で高評価を獲得するための演技でASPが近づくと同じ演技の練習を何回も繰り返す。
「ECS(射撃管制装置)とLS(発射機)のケーブルの接続は良いか」「LS4つとECS、ECSとRS(レーダー)、AMG(アンテナマスト)はしっかりつながっています、おッとEPP(電源車)をつなぐのを忘れていた」高射隊長から上級司令部の決定と叱責を厳しく伝えられた射撃小隊長は一向に緊張感を見せない空曹と空士の作業を見て回ったが案の定だった。先ほどまでの要求も戦場から逃げるための口実として古参空曹たちが言い出した意見をそのまま高射隊長を飛び越して高射群本部の友人に訴えたのだ。それが航空方面隊司令部まで上がってしまうところが高射部隊の軽い体質だ。
- 2023/09/21(木) 15:09:20|
- 夜の連続小説9
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