「よし、挑発に乗ったな」「やはりサンドビッチ少将としては降伏を拒否したエロモスキー大佐が殺されたと言う事実を将兵に聞かせたくないんでしょう」「その話が始まると即座でしたからね」練馬駐屯地の陸上総隊司令部では「ロシア軍が攻撃を開始した」との即報を受けて司令官以下が拳を握って顔の横で振るった。陸上総隊司令部でも「石田首相が意識を回復した」と言うニュースを見ているので職務に復帰する前に後戻りできない状況にまで踏み込むことを決定していた。これで同行している記者たちにロシア軍の先制攻撃を目撃させて自衛隊側の正当防衛の証人にできる。
「我が方の74式戦車は全滅です」「どっちにしろ74式(戦車)の廃車処分を兼ねていますからね」「それでも砲弾を満載していますから派手に爆発するでしょう」陸上総隊としては今回の新潟市の包囲では市街地につながる全ての幹線道路に戦車を配置したがそれは富士・駒門駐屯地の機甲教導連隊第4中隊と土浦駐屯地の武器学校の教材用の74式戦車で乗員は退避させていた。この74式戦車には主砲の製造企業に開発させていた遠隔作動装置が装着されていてロシア軍の発砲には無人で1発反撃できた。かつては陸上自衛隊の象徴だった74式戦車も導入から半世紀が経過して用途廃止の順番待ちなのだ。
「それでは正当防衛権を行使しろ。橋を破壊されてはいかん。急げ」「入間基地を発進したAHー1は群馬県との県境を越えました」陸上総隊司令官としては折角、開発・導入した戦車砲の遠隔作動装置を試してみたかったがロシア軍も照準を絞っていたようで初弾で全車破壊されたらしい。勿論、後方には主力の10式戦車と90式戦車が控えているが、東北方面隊、東部方面隊、中部方面隊から航空自衛隊の入間基地に集結させていた3個対戦車ヘリコプター隊の24機のAHー1コブラの方が到着は早いようだ。
「特科教導隊、発射準備完了」「目標は達してある通り。戦車を破壊してコブラが離脱した時点で砲撃開始」この戦闘では2個方面隊の混成戦闘団を陸上総隊司令官が指揮している。帝国陸軍では将官が参謀が持ってくる書類を2、3の質問をする程度で印を押して決済するのが度量であり、部下に対する信頼の証とされていたが、これを悪用した佐官クラスの中堅参謀による独断専行を許すことになった。ところが陸と空の自衛隊でもその悪しき体質を無批判に踏襲しているので幕僚たちも陸上総隊司令官が陣頭指揮するのを始めて見た。しかし、日露戦争における満州軍総司令官の大山巌元帥は児玉源太郎参謀長が旅順要塞を攻めあぐねている同郷の乃木希典愚将の苦境を救うために作戦指導に向かった時、それまでの泰然自若・茫洋とした態度を一変させて厳格に作戦指導を始めたと言う。
「AHー1の第1波、ロシア軍戦車21両に誘導弾命中、12両は未確認ながら大破の模様」「特科隊、砲撃開始」陸上総隊司令官の命令に指揮所の正面の壁の大画面スクリーンに表示されている新潟市の地図に十数個の赤い丸印が点灯した。これが砲撃の目標だ。そして観測点に役割を課せられている数機のドローンの位置も赤いXで浮かび上がった。
「こちら中隊FDC、対TOT、B号発動」「観測ドローン、新潟市内に予定位置に到着」新潟市に流れ込む阿賀野川と信濃川の河川敷に配備されている特科教導隊では教範のビデオが上映されているかのような完璧な動作で155ミリ榴弾砲・FH70の発射準備を開始した。教導特科隊には北海道にのみ配備されている装甲式の90式155ミリ自走榴弾砲の第3射撃中隊と多連装ロケットシステム・MLRSの第5射撃中隊や西部方面隊のみの19式装輪自走155ミリ榴弾砲の第4射撃中隊もあるが、今回は極力市街地に損害を与えずロシア軍と北朝鮮軍が宿営地にしている小中学高校に限定した砲撃を指示されているため信頼性が高い地面に固定するFH70になった。
新潟県内ではロシア軍の侵攻に備えて大日原演習場に展開していた12式地対艦誘導弾の特科教導隊第6射撃中隊が空襲で全滅させられ、柏崎市に主力部隊を揚陸した輸送艦隊に砲撃を加えた東部方面特科連隊第2大隊(マスコミ向けの軍縮として第1特科連隊と第12特科連隊が統合された部隊名で配備駐屯地はそのまま)も艦対地誘導ミサイルで壊滅させられている。あの時、上越市の高田駐屯地に待機していて攻撃に向かった特科教導隊第5射撃中隊は上陸前の艦砲射撃で海岸沿いの道路が破壊されていて間に合わなかった。それだけに今回は「戦友たちの仇討ち」との思いもある。
- 2023/09/26(火) 14:57:56|
- 夜の連続小説9
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