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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

ダークダックスのゾウさん・遠山一さんの逝去を悼む。

9月22日にコーラスグループ・ダークダックスの4人では一番右側に立ってバス=低音を担当していたゾウさんこと遠山一さんが亡くなったそうです。93歳でした。これでダークダックスは全員が亡くなりました。
野僧が生まれた頃はテレビが電気冷蔵庫、電気洗濯機と共に3種の神器と呼ばれて嫁入り道具として家庭に普及していたので歌謡曲のような好き嫌いがない世界の名曲や当たり障りがない持ち歌を正統派のハーモニーで聞かせるコーラスグループは歌番組の常連で、ダークダックスとデューク・エイセス、ボニージャックスは入れ代わり立ち代わりで出演していました。中でもダークダックスはメンバーを遠山さんのゾウさん、1番左のトップ・テナー(高音)の高見澤宏さんがパクさん、左から2番目でメロディーとセカンド・テナーの佐々木行(とおる)さんがマンガさん、右から2番目でバリトン(やや低音)とメロディーの喜早哲(きそうてつ)さんがゲタさんと仇名で呼ぶことが親近感を与え、代表格と見られるようになっていました。
ダークダックスのメンバーは全員が慶應義塾大学経済学部出身ですが年齢はゾウさんとゲタさんが昭和5(1930)年生まれ、マンガさんが昭和7(1932)年2月の早生まれ=1学年下、パクさんが昭和8(1933)年生まれと3歳の幅がありました。そのため学内の男性混声合唱団としてクリスマスパーティーでホワイト・クリスマスを唄って昭和26(1951)年にダークダックスを結成した時はパクさん抜きの3人でした。
翌年、入学してきたパクさんを加入させて高低音4段階のハーモニーが成立するとジャズや黒人霊歌を中心に活動し、やがてロシア民謡に幅を広げていきました。当初のレコードはロシア民謡の連作で昭和31(1956)年の「ともしび」から「カチューシャ」「トロイカ」「赤いサラファン」「鶴」「カリンカ」、途中にアメリカ民謡が原曲の「雪山讃歌」と新作童謡「スカンク・カンク・プー」「クラリネットこわしちゃった」「シーハイルの歌」「白銀はまねくよ」などを挟んで昭和36(1961)年の「すずらん」まで続きました。
同時に昭和35(1960)年、昭和37(1962)年、昭和47(1972)年、昭和49(1979)年、昭和52(1977)年にはソビエト連邦でコンサートツアーを行っているので、最初期の黒人霊歌がアメリカの公民権運動に呼応していたとすれば60年安保の世代だけにかなり左傾の思想を持っていたのかも知れません。
ダークダックスは前述のデューク・エイセスやボニージャックスとは異なり結成時から同一メンバーで活動してきて1997年にマンガさんが身心の病で倒れてからもダーク3兄弟としてメンバーを維持し、2011年にパクさん、2016年にゲタさんとマンガさんが亡くなってグループは自然消滅しましたが86歳になっていたゾウさんは「ダークダックスのゾウさん」として2010年からゲストとして共演してきたNHK「おかあさんといっしょ」の第14代うたのおねえさんと一緒に最晩年まで年1回のペースで公演を続けていたそうです。ソビエト連邦の戦没者鎮魂歌「ジェラヴリー=鶴たちへ」をロシア語で唄いながら冥福を祈ることにします。
  1. 2023/09/27(水) 13:22:01|
  2. 追悼・告別・永訣文
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