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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ626

「殿下、PTSD(心的外傷性ストレス障害)を発症されてはいけません。遺骸や血痕を見ないようにお願い申し上げます」駆けつけた皇宮警察本部の警護官は緊急時にも礼節を忘れず、最近は聞くことがない丁寧語で声を掛けた。警護官は先ず皇女の許可を得てから入室すると倒れている2人の遺骸と皇女の間に進み身体で視線を遮った。
「お怪我はございませんか」「いいえ、ありません」皇女と警護官の呆れるほど上品な問答を聴きながら警察官は拳銃を2発発砲し、2人射殺した状況を思い返していた。あの時は警告や威嚇射撃をせずに致命傷にならない箇所を狙うことなく2人を射殺した。
南門の警備派出所から赤坂警備署に通報すると皇女を保護するために現場へ向かうことを要請され、御仮寓所への経路と皇女の部屋の位置を教えられた。建物に入ると1階の廊下に胸を射たれた男性の遺骸が倒れており、殺害目的との最悪の事態も考えてエレベーターではなく階段を駆け上がった。すると教えられた皇女の部屋の開け放されたドアの中では2人の男が奥に向かってにじり寄っていた。前の男が右手に血染めの包丁を握っているのが確認できた。こうなれば皇女を守るために発砲するしかない。しかし、皇女が立っていた位置は2人の延長線上であり、頭部を狙った弾丸が外れれば直接命中しなくても壁での跳弾などの危険もあり得る。これは警察官等拳銃使用及び取扱い規範第8条「相手に向けて拳銃を撃つことができる場合」2項の「相手以外の者に危害を及ぼし、又は損害を与えぬよう事態の急迫の程度、周囲の状況その他の事情に応じ、必要な注意をはらわなければならない」に抵触する可能性がある。ましてや相手は皇女だ。
江戸時代、剣術指南役を選ぶ御前試合で打ち合って木剣を飛ばされた試合者が木剣を構えて打ちかかろうとする相手と主君の間で仁王立ちになると「身を挺して主君を剣先から守る忠誠心の発露」と判定されて勝者になったとの記述が警察官も愛読している時代小説にある。今回は警察官が主君に向かって打ちかかった相手の立場だ。
「私を守って下さったんですね。有り難うございました」警察官の思考が悪い方向へ後退し始めると御仮寓所内を確認して2階で殺害されている女性職員を発見した別の警護官が来て、門衛の警護官と1階の男性職員、2階の女性職員が殺害されたことを説明した。それを聞いた皇女は1歩踏み出して姿勢を正し、礼を言って深く頭を下げた。これに警察官は極度に緊張して身体が固まったが何とか左足を引いて踵を合わせ、無理に肘を上げて掌を正帽のヒサシに付けた。今日は御用地の周囲の巡回と言うことで略帽ではなく正帽を被ってきたが正解だった。白手袋もはめてくるべきだったかも知れない。
「総理、クジテレビはご覧になっていますか」皇宮警察本部から皇居の警備体制の強化が完了したことの業務連絡のついでに赤坂御用邸での事件の報告を受けた立野官房長官は自衛隊中央病院の岸田首相に電話連絡した。岸田首相の意識が回復した以上、臨時代理はお役御免、今後は遠隔誘導の機械のように指示を仰がなければならない。
「新潟のニュース速報を見ていたら唐突にとんでもない事態の中継映像になってしまったな。流石に見るに忍びなくなってチャンネルを変えたがまだ続いているんだろう」「はい、女性アナウンサーが終わって今は局内に居合わせた女優や歌手、アイドルになっています」「・・・そうか」石田首相は電話を通して重苦しい返事を吐きかけた。
「クジテレビの安藤社長はたまたま防衛省に来ていて統幕の作戦室の別室で意見を求めています」「自衛隊で武力制圧することを決めたのか」「その方針を説明するために電話しました」石田首相は自分の意識が戻ってから発生した事態の対応を独断で決めたと受け取ったようで語気を強めた。秘薬を盛る前は判断力も鈍るほど精神が疲労困憊していた石田首相も5日間の強制熟睡で気力が回復したようだ。
「現時点では隊員3名を日没後に泳いでお台場に潜入させて空調機に催眠ガスを注入して建物内の人間を眠らせて捕獲する計画です」「それまでに何人の女性が強制性交されるんだ。もっと迅速な対応はできんのか」「男性社員が多数殺害されている以上、対応は慎重にならざるを得ません。それから本日、赤坂御用地に同様の暴徒が侵入しまして・・・」「まさか紗子内親王さまが」「確かに暴徒2名が私室に押し入りましたが駆け付けた警察官が射殺しました」新潟で始まっている市街戦の戦況は後回しになった。
  1. 2023/10/02(月) 15:17:49|
  2. 夜の連続小説9
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