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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

10月13日・現代の聖餐・ウルグアイ空軍機がアンデス山脈で遭難した。

聖餐とはイエスが最後の晩餐で弟子たちに「これは私の肉である」と言いながらパンを千切って分け与え、「血である」と杯に赤い葡萄酒を注いだと言う故事に倣ったキリスト教の儀式ですが、カソリックでは人間の罪を償うため肉体と血を捧げた自己犠牲の象徴として信者に説かれています。1972年の明日10月13日にウルグアイのモンテビデオにあるカソリック系のステラマリスカレッジのラグビー・チームの選手と家族、知人など40人がチリのサンディエゴで行われる対外試合に出場するためにチャーターしたウルグアイ空軍のターボフロップ双発のフェアチャイルドFHー227D人員輸送機(=機体としては旅客機)の571便がアンデス山脈で遭難し、食料が全くない山中で72日後に16人の生存者が救出される事故が起こり、生き残るために「人間の肉を食べた」と言う事実が20世紀の聖餐とされました。
571便は機長が大佐、副機長が中佐とベテラン2人の操縦でしたが大西洋岸のウルグアイから太平洋岸のチリに向かうにはアンデス山脈を越えなければならず、前日は天候不良のためアルゼンチンのメンドーサに着陸して1泊しました。このため日程が詰まり翌日も荒天だったにも関わらず飛行せざるを得なくなったのです。しかし、FH―227Dの上限高度は約9000メートルなので雲の上を越えることはできず、機長はアンデス山脈に沿って南下して山脈の切れ目を横切ってチリ側のクリコに出て太平洋岸を北上することを決定しました。ところが一時的に天候が回復したため予定よりも早く山脈の切れ目を通過したと思い込んだパイロットはサンディエゴの管制官に「現在地点はクリコ」と通知しましたが、実際は強い向かい風で大幅に減速していてクリコには到達しておらず再び覆った雲で視界が効かない中、山脈の高峰の上を飛行していきました。
やがてソスアネド峰とティンギリリカ火山付近の標高4200メートルの地点で2度接触して両翼がもげ、吹き飛んだプロペラで衣類が入った手荷物や食料が積んであった機体後部が切断されて急な斜面を滑落して止まりました。この時点で死者は搭乗員5人を含む12人、行方不明が5人、生存者は28人でした。また生存者の多くは事故の衝撃で足を骨折していましたが、医学生2人が航空機の支柱で添え木を作って応急措置しました。
それからは機体を住居にする工夫と食料探し、負傷せず体力がある者は人家を求めて歩き回る生活になりましたが負傷者は衰弱し、10月21日に兄の応援のために搭乗していた妹が死亡し、ラジオのニュースで「捜索が打ち切られた」と聴いたことで「遺骸を肉として食べる」と言う議論が始まりました。やがて「カソリックの聖餐と同じ=死者が肉を与える自己犠牲」と言う自己弁護で生きることを選択したのです。それでも肉は原形を留めないように薄く剥ぎ、機体の上で日光に晒して生肉の色を消してから食べていたようです。
ところが10月29日に雪崩が発生して住居にしていた機体の中に流れ込んで生き埋めになった負傷者8人が死亡して、その後に3人が衰弱死して生存者は16人になりましたが、12月になって南半球の気候が温暖になると体力が残っている2人が救助を求めて山を下りて10日後の12月21日に村人と遭遇して救助されたのです。
  1. 2023/10/12(木) 15:42:27|
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