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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ644

JR東日本の有志の職員が臨時運行した特別列車は上越線でも長岡駅の1駅手前の宮内駅までだった。長岡駅付近にはロシア軍が飽和(同時多発連続)発射した弾道ミサイルが着弾して駅前の地下駐車場に退避していた安川1尉の原隊・第13普通科連隊が生き埋めになった。そのためJR東日本が自衛隊の許可を受けて手配した観光バスで新潟市に向かった。観光バスには中堅どころのバスガイドが同乗しているが流石に華やかな制服ではなく洗車などで着るらしい作業服だ。途中で長岡市内に立ち寄った。
「ここで13普連が殺られたのか」駅前通りの外れで停車したバスを下りて官公庁の役人やマスコミ関係者たちと一緒に長岡駅に向かうと駅前は大きく陥没していた。この状況から見ると直撃した弾道ミサイルは着地した衝撃ではなく地面を突き破った地下で爆発したようだ。第2次世界大戦でもアメリカ軍は攻撃目標によって爆弾の信管の感知度を調整し、工場や倉庫を爆撃する時には屋根ではなく地上に落ちてから爆発させて機械や資材を破壊し、人間を殺害した。ロシア軍も鉄筋コンクリート製のビルが立ち並ぶ市街地を攻撃するのに屋上を突き破って内部で爆発するように調整しても不思議はない。
「高田の5施群がやってるんだな。おそらく破壊直後に駆けつけたんだろう」駅前では陥没した路面や駅前公園などの上部構造物は撤去され、巨大な穴の手前ではOD色のクレーン車が破片を吊り上げて待機しているトラックの荷台に積んでいる。その運転席の前部には「5施群392施」と部隊名が記されていた。
カンボジアPKOに行った時には私の実家近くの豊川駐屯地にある第6施設群や大久保駐屯地の第7施設群、善通寺駐屯地で同居していた第8施設群(1999年に廃止された)と一緒に勤務したが、連番の部隊に会えて妙に懐かしくなった。今回、陸上自衛隊は地雷撤去と市街地の復興のために本州の施設部隊を動員するようなので座間駐屯地の第4施設群、茶山元3佐の地元・柴田駐屯地の第10施設群、福島駐屯地の第11施設群にも会えるかも知れない。ところで2001年に廃止された第1施設群は恵庭駐屯地なのに第12施設群は岩見沢駐屯地、第13施設群は登別駐屯地、第14施設群は富良野駐屯地と北海道=北部方面隊でも部隊番号が抜けたように飛んでいる(第15施設群は那覇駐屯地)。さらに第2施設群は飯塚駐屯地、第9施設群は近傍の小郡駐屯地と福岡県内に2つも存在する。施設群を統括する施設団は方面隊の直轄なので師団管内に1個群の分散配置と言う原則が守られなくても組織制度上は問題ないが数合わせのように思われてならない。私が元普通科の幹部なのに施設群に詳しいのは任官して最初の大仕事がカンボジアPKOだったので施設科に染められているのだろう。何より今も陸上施設の神さま・茶山元3佐の薫陶を受けている。
民間人が近づくことを想定していない巨大な穴の周囲には柵やロープは設置されておらず、梢に手を引かれながら恐る恐る覗くと中ではOD色の大型土木器材が残った破片を撤去していて周囲では隊員たちが円匙(えんぴ=シャベル)で土砂を取り除いていた。
「あッ、1人いました」その時、穴の中で若い隊員の甲高い叫び声が響いた。周囲では土木器材が動いているのでエンジン音に掻き消されて大声でなければ指揮官の耳に届かないのだ。上から声の主を探すと真下で土砂を撤去している隊員だった。隊員の足元には土砂の下から掘り出された人間の手が見える。見物している野次馬たち=マスコミ関係者が望遠レンズに替えたカメラを一斉に構えた。
歩み寄った指揮官の指示でヘルメットの左右に白い丸に赤十字の徽章を付けた衛生隊員が掘り出された隊員の手首で脈を確認して首を振ると2名の隊員が手で土砂を取り除き始めた。円匙では遺骸を傷つけてしまう惧れがあるのだ。私はそれを阪神淡路大震災の災害派遣で習った。間もなく腕と死んでも放さなかった89式小銃が掘り出された時、スマートホンで時間を確認していたバスガイドが声をかけた。
「出発しますからバスに戻って下さい」「これから頭が掘り出されるんだ」「死に顔を撮らせろ」「もう少し待ってくれ」「新潟市への到着が遅れてしまいますよ」バスガイドはマスコミ関係者の文句は無視して官公庁の役人たちと一緒に歩き出した。それでも私と梢は手を合わせ、短いお経のメドレーを唱えてから後を追った。
  1. 2023/10/22(日) 14:37:26|
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