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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ645

新潟市内では施設教導隊の指導を受けながら高崎市の新町駐屯地の第12施設大隊と朝霞駐屯地の第1施設大隊が対人地雷POM3の撤去作業中のため私たちは自衛隊のマイクロバスで市街地を一周することになった。マスコミ関係者は当然のように好き勝手な取材を要求したが担当の自衛官が用意していた「取材中にPOM3等によって負傷又は死亡した時は日本国政府並びに防衛省・自衛隊に対する賠償の要求や責任の追及を全面的に放棄する」と言う書面への署名と捺印を求められると簡単に撤回した。一方、欧米のマスコミが派遣した外国人記者や自主志願で自衛隊に同行している若手記者たちはこの書面に署名、サインして自由に市内を歩き回っているらしい。やはり安全地帯で温存されていた古株の記者やカメラマンは社員の労組でも重鎮・上役になっているようだ。
「日本でこの光景を見るとわな・・・」「貴方が撮ってきたウクライナやユーゴスラビアの廃墟の写真を思い出すわ」窓の外では全面ガラス張りの商業ビルが破壊されて強度を持たせていた厚いガラスが砕け落ちて変に美しい山を築いている。それを見て梢は私が国際刑事裁判所の検察官として現地調査に赴いた旧ユーゴスラビアやウクライナで撮影してきた破壊され尽くした市街地の写真を思い出していた。
「ヨーロッパのような石積みのレンガ造りとは建物の構造が違うからワシはガラスの破片や折れ曲がった鉄骨の山を見ると9・11のニューヨークの世界貿易センター・ビルの跡地を思い出すよ」「確かに。ヨーロッパでは瓦礫の山になっていたわ」私の見解に梢も同意した。すると会話が聞こえたようで前席でカメラを構えて写真を撮りまくっている記者らしき男性が振り返って私たちを見た。でき得れば取材は受けたくない。
「この辺りが新潟のコリア・タウンの跡です。朝鮮軍の派遣兵士が多数潜伏していました」新潟市のコリア・タウンは通りがそのまま半島人の商店街になっている有名な大阪市の鶴橋や規模は小さい下関市とは違い市街地中心部の新潟駅から万代橋にかけて半島人経営の店が点在しているだけだ。それでも路地に入ると半島人の店のビルの壁に沿って雑貨や食品を売る露店が並んでいたそうだ。ロシア軍が侵攻する前に新潟県知事は国籍に関係なく全県民を東北や関東北部の各県に避難させたが、東北や北陸に移住した半島人たちは漁船を無断で借りて食料や日用品を新潟市などの沿岸の都市に配達していた。それが空輸を阻止されても新潟のロシア軍が抵抗を継続できた理由だった。
「だからアパートを狙い射ちして残らず破壊したのか。火災が発生しても消火しなかっただろう」「自分は質問に答える許可を得ていません。1つだけ言えるのは新潟市を包囲して以来、自衛隊は降伏の勧告を英語、ロシア語、朝鮮語で流し続けていましたが応じる者はありませんでした」「何故だ・・・」最前席の幹部の説明にマスコミ関係者が質問したが即座に回避行動を採った。現地取材している記者たちの報道では到着した施設群によって復興作業が始まるとアジア人の兵士の遺骸が次々に収容されて新潟県を占領していたロシア軍の主力だった可能性も浮かんできている。
「住宅もかなりやられてるわね」「ロシア軍が潜伏していれば仕方ないな。自衛隊は投降を呼びかけても応じなければ捜索して攻撃を受ければ応戦するしかない。今回は治安出動だから捜索と言う手間が入るが、戦争なら呼びかけて出てこない敵は壊滅させるのが常識だ」バスで通行できる市街地を回り終えると次は周囲の住宅地に入った。私たちは北海道の網走市でもロシア軍が潜伏していた住宅地を見たが新潟市の方が圧倒的に破壊されている家屋が多く、自衛隊が苦戦を強いられたことが判った。
「スリランカやアフガニスタンで見た民家は質素な造りだったから壊されても風景に溶け込んでいたけど現代風の住宅は壊れると破られた写真みたいな喪失感を与えるのね」「なるほど詩的な表現だな」梢の死んだ兄の恵昇は東京の有名私立大学の理科系の学部へ進学したが、両親とも文科系の教師なので梢も文科系だ。私も超が着く文科系だから沖縄で交際中はお互いに詩的な表現を競い合っているような美しい会話になっていた。首里の円覚寺の放生橋の上で初めてキスした時、久米島で初めて抱いた時も今思い出しても感動するような詩的な言葉で溢れ出る気持ちを表現した。その点が大馬鹿者の美恵子は真逆で常に「梢とのギャップ」と言う喪失感を抱いていた。
  1. 2023/10/23(月) 15:27:46|
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