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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ650

「鶴かァ・・・会いたいな」熊毛町のナベ鶴のニュースが終わるとエレナは何故か心の底から湧き出したような口調で呟いた。夫婦になって以来、大型連休と正月には休日勤務の代休で関西以西、九州や四国に2泊3日程度の小旅行に出かけているが、山口県内は結婚前の日帰りドライブで回り尽くしていた。それでもロシアとの戦争が始まってエレナが自衛隊に協力するようになってからは控えているので屯田局員には久しぶりのドライブの誘いに思われた。しかし、それにしては口調は重く表情も硬かった。
「生きている鶴は2羽しかいないのね」「毎年こんなもんだよ」2人は次の休みに熊毛町に出かけたが収穫を終えた水田には出水市に向かうナベ鶴が騙されて舞い降りるように地元の小学生たちが設置した人形が並んでいるだけで動いているナベ鶴は2羽だけだった。エレナはインターネットでナベ鶴を調べて鹿児島県出水市の大群の画像を見てきただけにかなり落胆している。騙して引っ張り込もうとする人形も虚しくなるだけだ。
「そんなに鶴が好きだったのか」「ううん、鶴に託したい歌があったの」屯田局員が先日のニュースを見たエレナが唐突に「鶴に会いたい」と言い出したことに抱いた疑問を投げかけると答えは意外過ぎて理解できなかった。
「2羽じゃあ駄目なのか」「連れて帰って欲しい魂は1000人を超えてるもの・・・」つまり新潟で死んだロシア軍将兵の魂を日本で癒した後、春にはロシアへ連れ帰ってもらいたいと願っていたのだ。すると田圃の農道に止めている屯田局員の自家用車の後ろに派手な塗装をした大型ワゴン車が駐車して中からマイクを持った見覚えがある女性とカメラマンの男性、さらに助手席から下りた責任者らしい中年の男性が歩み寄った。
「すみません、国営放送山口局の者ですがナベ鶴を観察している地元の方ですか。でも下関ナンバーですからナベ鶴を見に来られたんですか。あッ、奥さんは外国の方ですね」責任者は早口で一方的に捲くし立てたが振り返ったエレナを見て慌てたように後退さった。どうやら山口県では妙に多い金髪に染めた日本人女性だと思っていたようだ。確かにその手の軽い女性ならテレビに出演できると判れば自由奔放に喋りまくるだろう。
「お国はアメリカですか」「いいえ、ロシアです・・・残念です」エレナの答えに責任者は何故か姿勢を正した。隣でレポーターとカメラマンは顔を見合わせている。
「ロシアにも鶴がいるんですか」「妻は鶴に託したい歌があって来たんですけど、2羽だけじゃあ1000人の戦死者には足りないってガッカリしています」少し怯えているように見えるエレナに代わって屯田局員が事情を説明した。すると責任者は隣のレポーターの耳元で何かを囁き、カメラマンを交えて打ち合わせを始めた。
「よろしければその歌をここで唄ってもらえませんか。私たちの電波に載せれば貴方の歌声は新潟の犠牲者の魂に届くはずです」「でもロシア語の歌ですよ」「結構です。伴奏なしでも良いですか」「はい」思いがけない展開に屯田局員は数歩下がって傍観者になるしかなかったがエレナは淡々と承諾した。
「最初に歌の説明を日本語でお願いします。ヨーイ、スタート」プロデューサーとデュレクターを兼務している責任者の指示で先ずレポーターが隣に立つエレナを手で紹介した。エレナは顔を映しても氏名と居住地は非公開を出演の条件にしたのだ。
「今日は私たちが熊毛町に飛来したナベ鶴の取材に来て出会ったロシア人女性に鶴の歌を唄ってもらえることになりました。それではお願いします」レポーターは毎度の口調で快活に説明するとマイクをエレナに手渡した。それでもエレナの表情は暗く見える。
「私の故郷に隣接するダゲスタンの詩人のラスール・ガムザートフの作品をロシア語に訳した『ジュラヴリー』と言う歌です・・・ムニェ カジツァ パロコ(私は時折思います) シト サルダティ(兵士たちは) スクラヴァフ ニェ プリジェトシエ パリエイ(血に染まり野辺に斃れて)・・・」「これはダークダックスの『鶴』だな」エレナの重く沈んだ歌を聞きながら責任者はここに立ち会っている全員が生まれていない昭和47年のダークダックスの反戦歌「鶴」と同じことに気がついた。この歌は広島では1965年の原水爆禁止世界大会に出席したカムザートフが平和を祈念する千羽鶴に着想を得て作った詩と言われているため原爆ではないご当地反戦歌として今でも唄われているらしい。
  1. 2023/10/28(土) 13:45:55|
  2. 夜の連続小説9
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