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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ653

「唐突なようですが私としては熟慮した上での決断です」新潟市での戦闘が終結して北海道に続き新潟県の奪還に成功すると石田首相は即座に内閣の改造を断行した。立野官房長官は石田首相が意識を回復した時の記者会見で新潟方面の攻勢作戦の中止を執拗に認めさせようとする記者たちの意識を逸らすために情報を漏らしたが、続くクジテレビの占拠と局員の殺害、東京都内の大火災、さらに戦況の報道に熱中していたため唐突な印象を与える決定ではある。したがって首相官邸に集められたマスコミ関係者たちも「マジかよ」と呟きながら石田首相が披露した新たな閣僚名簿に見入っていた。
「現在の緊急事態に対処している外務大臣に自衛隊、警察を指揮している防衛大臣、国家公安委員長を交代させるのは拙くないですか」「事態が一段落した現在だからこその改造です。これで我が国への武力行使は終息するはずです。アメリカと国際連合の調停に期待しています。交代した大臣には客観的な視点からこれまでの組織の行動を精査してもらって早急に問題点を解消してもらいたいと思っています」保守系の3K新聞の記者の質問に石田首相は綺麗ごとで答えた。それにしても誰が見ても戦争状態でありながら日本国憲法第9条で放棄している戦争と認めることができず、石田首相とマスコミも緊急事態や武力行使と言い替えるのに慣れているようだ。
石田首相が職務に復帰してからの閣議でも双木外務大臣とモニター参加ではなくなった釜田防衛大臣は「ロシアの失敗を中国が放置するはずがない。次は九州・沖縄方面が危ない」と強弁していた。西藤国家公安委員長も東京の大火災の時、仙台や名古屋、金沢、広島、福岡でも同様の未遂事件が発生していることを重視していて『軍事侵攻に失敗すれば次は大規模な内乱を発生させる』と新潟県に発令している緊急事態の全国規模の拡充を主張していた。ただ留任した西藤国土交通大臣は宗教政党の正大党らしく日蓮の「立正安国論(=妙法蓮華経を信仰すれば災厄は退散すると言う防衛論)」を実践して大臣室で題目を唱えるだけで海上保安庁を防衛大臣の指揮下に入れる自衛隊法80条には消極的だ。これは国土交通省の官僚の政治的主張なのは言うまでもない。
「総理はアメリカと国際連合の調停に期待すると言われますが、これまでも中国は安全保障理事会で日韓の武力衝突を日本側が過去の戦争犯罪を繰り返していると断定して常任理事国として懲罰を加えると参戦してきたんです。アメリカはそれを阻止できなかった。それだけでなく日米安保条約さえも発動していない。総理はこれでも本当にアメリカの現政権に調停を期待するのですか」次は同じく保守系の読捨新聞が質問した。
同じことを亡国系のA日新聞が持ち出せば「信用できないアメリカを離れて独自の和平交渉で同盟関係を樹立するべきだ」と結論が替わるはずだが読捨新聞はアメリカ軍も国内事情で動きが取れないホワイトハウスの許可や命令を必要としない現場指揮官の権限による参戦で自衛隊を支えていることを知っているのでむしろ石田首相を糾弾していた。
「アメリカのセオドア・ルーズベルト大統領は日露戦争の時、日本政府が派遣した金子堅太郎の要請を受けて敗北を認めない帝政ロシアを説得してポーツマス講和会議を実現してくれました。あの頃のアメリカは1823年にモンロー大統領が提唱した南北アメリカ大陸内鎖国のモンロー主義を国是としていて武力紛争への介入を国民が嫌っていたのですがルーズベルト大統領はあえて仲介の労を取ってくれました。私は信じています」「その割には双木外務大臣を罷免したよな」「罷免ではありません交代です」「交代ではなく更迭でしょう」「交代です」「指名を受けない発言は控えて下さい」前もって調べていた歴史的実例で答えた石田首相に別の記者の挑発的な独り言を投げかけるとムキになって反論した。石田首相としては派閥の後継者と認めていた双木外務大臣が万事に官僚的事勿れ主義の派閥色に反する強硬意見を公言し、加倍首相の実弟の浜防衛大臣と連携して戦争の準備と運用を主導したことに強い不信感を抱いて本当は記者が指摘した気分で交代させた。後任には同じ派閥で「年下の男の子」と懐かせてくれている上山元法務大臣を抜擢した。しかし、上山外務大臣は法務大臣としてオウム事件の教組以下16人の死刑の執行命令を下しているので「死刑廃止」を加盟条件にしているEUでは殺人鬼扱いされかねない。その勝手な論理を我々の国際刑事裁判所にまで押しつけていた。
  1. 2023/10/31(火) 14:46:09|
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