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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月4日・スポーツ・ドラマの感動巨編「江夏の21球」

昭和54(1979)年の明日11月4日の日曜日に大阪球場(本来は南海ホークスのホーム・グランド。近鉄バッファローズの日本生命球場は観客収容数が23000人と少なく藤井寺球場にはナイター設備がないため借用した)で行われたパシフィック・リーグは西本幸雄監督が率いる近鉄バッファローズ、セントラル・リーグが古葉竹識監督の広島カープによるプロ野球日本シリーズ第7戦の9回裏で昭和55(1980)年4月に山際淳司さんがスポーツ・ノンフィクション「江夏の21球」として発表することになる「男・江夏」主演のスポーツ・ドラマの感動巨編が上演されました。
この年の日本シリーズは大阪球場での第1試合は5対2で近鉄が勝ち、続く第2試合も4対0で近鉄が勝ちましたが、広島市民球場に移った第3試合は3対2で広島が勝ち、続く第4試合も5対3で広島、第5試合も1対0で広島とホーム・グランド側が全て勝つ展開になり(通称「内弁慶シリーズ」)、広島3勝・近鉄2勝で大阪球場に戻りました。そして第6試合は近鉄が6対2で大勝して日本一は最終第7試合で決することになり、公称32000人収容の大阪球場は24376人で超満員になりました。
試合は午後1時から近鉄がエース・鈴木啓示投手、広島が山根和夫投手の先発で始まり、1回表に広島が1点を先制し、3回表に1点を追加すると5回裏に近鉄が2点を取って追いつき、6回表に広島が2点と取っても裏には近鉄も1点を取って追いすがったため古葉監督は7回から絶対的リリーフ・エースの江夏豊投手を投入して近鉄打線を封じ込め4対3のまま最終回=9回裏に入ったのです。
ところが9回に降雨で試合が中断したことでリズムが狂ったのか最初のバッターの6番・羽田耕一内野手に初球=1球目(以降、通算数)をセンター前ヒットにされて西本監督は藤瀬史朗外野手を代走に送りました。続く7番のクリス・アーノルド内野手への2と3球目はボール、4球目は真ん中の直球を見逃してストライク、5球目の時にヒット・エン・ドランのサインが出ましたがアーノルド内野手が見落として盗塁になり、ショートが後逸したため3塁に進みました。結局、5と6球目もボールで四球になって出塁させました。ここで西本監督は吹石徳一内野手を代走に送り、古葉監督は内野手に延長戦に備えて池谷公二郎投手と北別府学投手に投球練習を始めさせました。後に江夏投手はこの投球練習を見て「古葉監督は自分を信頼していない」と感じて「意地でも押える」と決意したと語っています。
3人目の8番の平野光泰外野手には7球目ボール、8球目ストライク、9と10球目がボールになったところで11球目を敬遠のボールとして満塁策を取りました。4人目の9番の山口哲治投手に西本監督は「左殺し」の異名を持つ佐々木恭介外野手を代打としました。そして12球目はボール、13球目はストライク、14球目は3塁線へのファウル、15球目もファウル、16球目はボールで17球目を空振りさせて三振に討ち取りました。次は1番の石渡茂内野手になりいよいよ最後の勝負になりましたが18球目はストライク、19球目のスクイズ失敗で飛び出していた3塁走者が封殺されてツー・アウト、20球目はファウルで21球目は内角低めのカーブを空振り三振でゲームセットでした。
  1. 2023/11/03(金) 15:00:02|
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