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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ663

「どうして関空とセントレアを選ばなかったのかな」「やはり海上空港は通用橋を封鎖されれば孤立しますから避けたのでしょう」国土交通省は情報を小出しにしているため防衛省の中央指揮所では対応が後手に回らざるを得ず議論も白熱ではなく白けていた。新任の宮谷防衛副大臣としては丁々発矢の激論の中で作戦が決定し、部隊に命令が伝達されると思っていただけにこの冷ややかな場の空気には困っていた。大体、中央指揮所は防衛大臣が状況を判断し、命令を発する場所であって現在の主役は宮谷副大臣なのだ。
「国交省は始めから山口宇部や広島、岡山に着陸しないことは判っていたんだろう。どこのエプロン(駐機場)も30機の大型旅客機を駐機させるだけの広さはない」「タクシー・ウェイ(誘導路)に停止して緊急脱出シュートを使えば数分で地上に下りられるって算段だったな」憤懣やる方ない様子の航空幕僚長の言葉に陸上幕僚長は飛行計画を受けた取った時に指摘した疑問を混ぜ返した。専門家である航空自衛隊としてもジェット用滑走路を備えていてもエプロンは広くても5機程度しか収容能力がない地方空港に大型旅客機30機を割り振ることが無理なのは判っていた。それでも国土交通省が公式に通知してきた以上、事実として説明するしかなかったのだ。
「本当は県営名古屋空港にも着陸させたかったんだが空自の小牧基地と同居しているから避けたんだな。福岡空港も同様の理由だ」「成田なら反対運動の過激派が入植しているから自衛隊の包囲を阻止させられる」「成田には習志野から空挺団を派遣する予定だが危ないな」これが航空幕僚長のかつては多くの旅客機を発着させていた伊丹空港と名古屋空港を選んだ理由の推理だ。それに統合幕僚長と陸上幕僚長の陸上組が同調した。
陸上自衛隊は飛行計画を受け取った直後に対処方針を策定したが航空自衛隊の「中国のパイロットには100機もの大編隊を維持して長距離を飛行する操縦技量はない」と言う分析から対象区域を関西空港か中部セントレア空港までと想定して西部方面隊と中部方面隊に部隊の派遣を命じていた。東部方面隊は新潟方面での戦闘で少なからぬ損害を出しているので離島防衛のために温存していた第1空挺団の投入を即決したが、昭和40年代から50年代半ばまでの成田空港闘争は幕僚長たちが幼い頃の話なので意識に引っ掛かったのは統合幕僚長だけだった。あの火焔と血みどろの死闘が再現されてしまうと精鋭・第1空挺団でも無事ではすまない。
「この調子では何を言い出すか判りませんよ。成田は横田基地の管制空域内ですから米軍が許可しないでしょう。逆に太平洋上でスタンバイ(待機)させておいて全機撃墜する手もある」パイロットの航空幕僚長の見解は真実味を感じさせて宮谷防衛副大臣も息を吞んだ。確かに航空自衛隊は一貫して東シナ海上空での撃墜を主張していたが、それでは宮谷副大臣が小学生2年の夏休みが終わった1983年9月1日に起きたソビエト連邦軍がサハリン上空で大韓航空機のボーイング747を撃墜した事件と変わらないことになる。あの時、浜松市内の小学校の担任の教師は始業式と掃除を終えて下校の準備をしている児童たちに事件を説明しながら上空を飛行していく航空自衛隊機のエンジン音を聞いて「この飛行機も大勢の人が乗った旅客機を落とすかも知れないよ」と教えたが宮谷少年は幼いながら日本の防衛を考えていた。あれが予言になりそうだ。
「現実的な対応としては奴らが着陸すると言ってきた空港を閉鎖して関空とセントレアに引き摺り下ろすことです。手段としては着陸した旅客機のタイヤを狙撃して滑走路を塞げば国交省としても応じざるを得ないはずです。そうすれば陸自(陸上自衛隊)が通用橋を封鎖して海保(海上保安庁)と水警(水上警察)に水上から包囲させれば逮捕したのも同然です。関空は阪神基地隊の掃海艇を派遣しますが武装は海保の巡視船の方が強力です。伊勢湾には横須賀から艦艇を派遣するにしても着陸には間に合いません」ここでサイレント・ネービーとして黙って聞いていた海上幕僚長が提言した。つまり敵が避けた海上空港に強制着陸させて拘束・制圧すると言う作戦だ。そうなると事前に他の民間航空機の利用客や空港職員を避難させなければならないが組織として共犯の疑いが濃厚になった国土交通省航空局の管制官は置き去りで良いだろう。犯行を黙認すれば幇助犯として処罰の対象になるのは法運用の1つだ。
  1. 2023/11/10(金) 15:12:02|
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