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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月23日・大失敗したエジプト航空機ハイジャック事件

1985年の明日11月28日に発生したエジプト航空648便のハイジャック事件ではエジプト軍特殊部隊による突入作戦が大失敗してハイジャック犯2人と含む乗員乗客60人が死亡し、機体も全焼全壊する大惨事になりました。
今回のハイジャック事件はギリシアのアテネ空港を午後8時5分に出発したエジプトのカイロ空港行きのエジプト航空648便のボーイング737を離陸から10分後に重武装したテロリスト3人がハイジャックして1979年3月26日に締結したイスラエルとの和平を糾弾する犯行声明と共にリビアに向かうように命じました。
テロリストが乗客のパスポートで国籍を類別し始めたため客席に搭乗していたエジプト航空の航空保安員が制圧を試みて発砲し、銃撃戦になって航空保安員とテロリスト1人が死亡し、乗客2人が負傷しました。この銃撃戦によって機体の外壁に穴が開いて空気が急激に漏れ出したため高度を10000フィート=3000メートル強まで下げて室内の気圧を保たなければならなくなりました。それでも安定飛行を維持しましたが低空飛行を続けたことで燃料消費が増大して緊急着陸しなければならなくなり、最寄りの着陸可能な空港としてマルタのルカ空港に受け入れを要請しました。ところがマルタ政府は受け入れを拒否してルカ空港の航空管制を禁じた上、滑走路の誘導灯まで消して着陸を妨害しました。それでも燃料残量が飛行を継続することが不可能なレベルになっていたため機長は暗闇の中での着陸を強行して無事に地上に下りました。当然、マルタの警備隊が648便を包囲し、ルカ空港に駆けつけた政府の担当者とテロリストの交渉が始まり、負傷者2人と一部の女性が解放されました。一方、テロリスト側はリビアまでの燃料の給油を要求し、即座に応じなければ15分ごとに乗客=人質を射殺すると宣告しましたが、マルタ政府は単なる脅しと判断して拒否したためテロリストのリーダーがイスラエル人とアメリカ人の乗客5人を乗降口に引き出して発砲したのです(3人が死亡、2人が重傷)。
この事態を受けてもエジプト政府は1978年12月19日にキプロスで開催されたアジア・アフリカ人民連帯機構の代表者会議を襲撃したテロリストを制圧するためにラヌナカ空港に派遣した特殊部隊が警備隊と銃撃戦になった事件があったため翌日の午後になって特殊部隊の派遣を決定してC―130輸送機で現地に進出しましたが犯人の顔写真すら入手していませんでした。
前回の1976年8月23日の321便のハイジャック事件ではテロリストに虚偽の燃料漏れを通知して「整備員に点検させる」と白のツナギを着た隊員を客室に潜入させて持ち込んだ工具で刺し、殴打して制圧しましたが、今回は貨物室に仕掛けた爆弾を爆発させたのを合図に機内へ突入したものの煙幕を焚いたため視界が効かず敵味方の識別ができない中での銃撃戦になり、テロリストが投げた手榴弾3発が機体に引火して前述の犠牲と損害を出す結果になりました。ちなみにこの機体は1985年10月7日に発生したアキレ・ラウル号シージャック事件の犯人を乗せてリビアに向かう途中でアメリカ海軍の艦載機にイタリアのNATO軍基地に強制着陸させられた機体です。
  1. 2023/11/22(水) 15:47:09|
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