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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月24日・初めてアウストラロ・ピテクスの全身骨格が発見された。

1974年の明日11月24日にアフリカのエチオピアで現在では人類=ホモ・サピエンスとチンパンジー=パン・トロクロディテスの分岐点=共通の祖先と推定されているアウストラロ・ピテクス=猿人の全身骨格が初めて発見されて「ルーシー」と命名されました。
この名前の由来は骨盤の形状から女性=雌と推定されていることと国際アファール調査隊の宿営地での祝宴の間、ビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」がカセット・テープで流れ続けていたことによります。
国際アファール調査隊は1972年にエチオピアのアワッシュ川流域で太古の地層が露出しているハダール累層を発見したフランスの地質学者のモーリス・タイーブさんが世界の関係する学界に呼びかけてアメリカの人類学者のドナルド・ジョハンソン博士を始めイギリスの考古学者のメアリ・リーキー博士、フランスの古生物学者のイヴ・コパン博士などの壮々たるメンバーが共同研究者として参集したほかアメリカ人4人とフランス人7人の助手を加えて1973年の秋から現地で調査を開始しました。
第1次調査の期間終了が近づいた1973年11月にジョハンソン博士が脛骨の上端を発見し、続いて大腿骨の下端が発見されたため両者を接合すると明らかに直立歩行していた形状でした。こうして期待を沸き立たせて翌年の第2次調査に入ると今度は顎の骨を発見しましたが、それ以外は新たな発見もなく再び期間終了が近づいて来ました。
そんな11月24日に調査記録の更新作業をするつもりだったジョハンソン博士を化石の研究をしているトム・グレイ助手が誘ってアワッシュ川の第162調査地点に出かけました。ところが炎天下の2時間の発掘調査でも得る物はなく帰ることにした時、単なる思いつきで過去に2回ほど調査した小さな谷川に遠回りしてみたのです。そこは第1次調査で脛骨上部と大腿骨下部を発見した場所から2・5キロほど離れていて特に学術的好奇心をそそるような気配はなく単に川面の涼しい風に当たるつもりだったのかも知れません。実際、ジョハンソン博士は車内から川底を覗いただけでしたが斜面で上腕骨の断片を発見したのです。そこで下車して2人で発掘すると後頭部、脊椎骨、骨盤、肋骨、顎骨が次々と発見されて午後からは全員で調査を再開して3週間で100数点の全身の40パーセントに当たる骨格を発掘しました。さらに発見した地層の放射年代測定法によって318万年前の化石と推定され、脳の容量はチンパンジー並みでも下半身は2足歩行していたことが明らかなため、これまでの「大脳の発達によって重量が増したため脊椎で垂直に支えるようになったことが2足歩行を始めた理由」とする定説に疑問符を付けました。
その後、ルーシーの年齢や死因まで推理が及び骨の状態から成長は止まっているものの老化は始まっていないので25歳から30歳と推定され(ただし、頭蓋骨と足が発見されていないため「身長は140センチ程度」としか推定できない)、獣に襲われた負傷の痕跡が見られないため川辺で病気や水難事故で死亡してすぐに泥に埋もれたと空想が膨らみ、上腕骨の折れ方から「猿も木から落ちたのではないか」と言う新説が2016年にイギリスの権威ある学術誌・ネイチャーで発表されています。
  1. 2023/11/23(木) 15:13:21|
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