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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ681

それからの高仁智少佐は悩み苦しんでいた。あの夜、シャワーを浴びていて足元に投げ込まれた小さな缶が噴出するガスを吸って意識を失い、翌朝にベッドで目が覚めるまで記憶が跳んでいた。しかし、普段は下着を付けてパジャマに着替えて寝ているが、あの朝は全裸にバスローブだった。性器に異物を挿入された感覚がある以上、性的暴行を受けたことは間違いない。つまりカソリックの戒律通りに「結婚するまで」と50年以上守ってきた純潔を奪われたのだが相手が誰なのか判らない。最近は生理が来なくなっているので妊娠する可能性は低いが、カミと教皇の戒めを破った事実は自分が負わなければならない背徳の罪だ。ただし、記憶がない以上、背信ではない。
かつて学士士官学校の同期の李知愛が結婚する前に男性と肉体関係を持ったと言う噂を聞いたことがあった。李知愛も敬虔なカソリックの信者で信仰の真剣味で言えば数段上を行っていた。しかも女性も認める美貌の持ち主で男子の同期はおろか独身の教官たちも色目を使っていたが言い寄ることを躊躇うような毅然とした雰囲気を発していた。その聖女が戒律を破って肉欲に溺れたことを知って高仁智中尉(当時)は心から軽蔑したが、軍事裁判の検察官補佐として再会した李知愛は幸福そうで女性としての自信に満ち溢れていた。それに比べて今の高仁智少佐は喪失感だけを噛み締めている。
「何・・・この感覚は何なの・・・嫌、汚らわしい」目覚めにシャワーを浴びていた高仁智少佐は経験がない身体の変調に硬直してしまった。いつもの手順で手で顔を洗い、首筋から乳房に下げて行った時、下腹部に火が点いたような衝動が起こった。それは子宮が心臓のように鼓動を始めたような感覚で女性器が焼けたように感じた高仁智少佐は無意識にシャワーの湯を下から吹きかけた。すると意識が遠のき、シャワールームのオレンジ色の照明が光沢を帯びた輝きを放って床を叩く水音に怪しいエコーがかかった。
気がつくと高仁智少佐は床に崩れ落ちて座り、性器にシャワーのノズルを押し当てて自慰行為に耽っていた。勿論、高潔な信仰生活を送る高仁智少佐はそのような快楽を求める下劣な行為を忌み嫌って試みたことはない。
高仁智少佐は立ち上がってシャワーを止めると曇った洗面所の鏡を手で拭って自分の上半身を注視した。すると乳房の形が変わっているような、乳首の色が濃くなっているような感じがした。顔を上げると目つきは何時になく敵意に満ちて肉体だけでなく魂までも悪魔に奪われたような恐怖心に駆られた。
「さて彼らがほかの弟子たちのところに戻ると大勢の群衆がその弟子たちを取り囲んで、律法学者が彼らと論じ合っているのが見えた・・・するとイエスは言われた。『この種(=悪魔)は祈りに依らなければ何によっても追い出すことはできません』・・・アーメン」高仁智少佐はその場に跪くと両手を固く組んで新約聖書のイエスによる悪魔払いの場面を描いたマルコの福音書9の14から29を唱え始めた。
この章では悪魔に憑依されて泡を吹き、痙攣を起こす息子を「助けてくれ」と懇願する父親に応えてイエスが「口を聞けなくし、耳を聞こえなくする霊、私はお前に命ずる。この子から出ていけ。2度とこの子に入るな」と叱責して悪魔を祓っている。しかし、プロテスタントの医官=隊長は「単なる癲癇だろう。カウンセリングで治る病気じゃないよ」と冷笑している。そのため診察を受ける気にはならなかった。
「うッ・・・」その日も高仁智少佐はバス停の目の前のスーパーマーケットに寄った。生活用品の棚で室内香料に手を伸ばした時、背後から耳に息を吹きかけられた。すると最近はシャワーを浴びる度に起こる肉体の変調が始まってしまった。その変調を始めて経験した時には無意識に自慰行為に耽っていた自分を嫌悪していたが今では癖になって身体に潜んでいるスイッチを探しながら女性器に茄子などの野菜や細長い容器を差し込むようになっている。今日も試したことがない胡瓜を籠に入れた。
そこに今、耳もスイッチだったことを思い知らされた。高仁智少佐の下半身では炎が燃え上がり、足が小刻みに震え始めた。おそらく女性器からはヌルヌルとした体液が溢れ始めている。振り返ると夜なのにサングラスを掛けた初老の男が薄笑いを浮かべた口にマスクを上げたところだった。レジを終えるまでは衝動と闘わなければならない。
  1. 2023/11/28(火) 15:52:08|
  2. 夜の連続小説9
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