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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ690

「今度は漁船で来るらしいぞ」「らしいな。呂論島と同じ殺り方を繰り返すんじゃあないかって基地中が騒いでるよ」本間が台湾海峡の金門島で鳴らした警鐘は大原防衛大臣を通じて立野官房長官に伝わり、迅速に関係部署に広がった。東シナ海に浮かぶ福江島と下甑島のレーダー・サイトには航空総隊指揮所の通知を受けた西部航空方面隊指揮所から伝達された。すると早速、教育幹部の警備隊長は指揮所の電話で話し合った。
「呂論島には自衛隊がないから島に1つの駐在所の警察官だけが武器を持っていた。その警察官も最初に漁港で殺されたから後は好き放題の無差別殺害になった。しかし、今度は俺たちがいる」福江島の副島1尉は空港がある分、狙われる可能性が高いと覚悟を決めているようで最後の言葉には力が籠っていた。
「ウチは台湾の義勇隊員をもらったがそっちはフィリピンだろう。使い物になっているか」「うん、想像以上の即戦力になっている。フィリピンには徴兵はないそうだが学校でゲリラ対処の教育を受けているから退避行動や武器の取り扱いには慣れているようだ。それに健軍で急速練成を受けているから日本人の新隊員よりも信頼できる」「ウチも同じだ。台湾は徴兵が中止になってすぐに復活したから軍隊経験があるそうだ。個癖修正だけで使ってるよ」副島1尉の答えに中山1尉も同調した。2人は教育幹部なので日本人の新隊員の育成は本業のはずだが中山1尉は父の中山元3佐から「航空教育隊で勤務すると自衛隊の世間知らずになる」と指導されて術科学校の学生隊や地方協力本部、部隊の司令部の訓練班長を渡り歩いてきた。副島1尉も明朗闊達なスポーツマンで勤務態度も良好な模範隊員だったので部隊では「教育隊向き」と思われて空曹時代に防府南基地に転属したが1年で嫌になって部内幹部候補生で逃げた。だから当然、幹部になってから航空教育隊では勤務していない。それにしても阪神・淡路大震災や東北地区太平洋沖地震の時には自衛隊の災害派遣を見て志願者が急増したが今回の戦争では何故か無反応だ。確かに災害派遣を見て入隊した新隊員の中には射撃や戦闘訓練を「僕は人を助けるために自衛隊に入った。人殺しをするつもりはない」と拒否する者がいたらしいから平成世代は戦争よりも大規模災害の方が国家の危機と受け止めているのかも知れない。
「陸上自衛隊はまた第1空挺団を新田原に待機させて中国の攻撃目標がハッキリした時点で派遣する作戦らしい」「しかし、甑群島には空挺降下できるだけの平地がありませんよ。まだヘリボーンの方がやり易いでしょう」中山1尉が副島1尉との電話を切ると分屯基地司令の第9警戒隊長以下の幹部が集合を終えていた。運用班長の1尉がこれも西部航空方面他指揮所から聞いた陸上自衛隊の対応を説明すると中山1尉が疑問を呈した。下甑島の周囲は海抜400メートルから500メートルの断崖絶壁になっていて平地は殆どない。ヘリコプターなら着陸可能な場所を探して搭乗員を下ろすこともできるが輸送機を飛び出して降下する空挺隊員には無理な話だ。
「確かに現在の人員では上甑と中甑までは手が回りませんから陸上自衛隊に部隊を派遣してもらわなければなりませんが・・・」「佐渡のように先に島民や隊員の家族を避難させて隊員も敵が上陸してくる直前にヘリで退避するのが現実的でしょう」中山1尉が代案を示せないで口ごもると運用班長が過去の事例を持ち出した。
佐渡島ではロシア軍の上陸・侵攻が差し迫っていると確信した新潟県知事が全県民の県外避難を決断したのに合わせて島民も島を離れ、それに隊員の家族とWAFも同行させた。そして残った男性隊員が火力発電所を操作するなど長期戦の体制を整えたが弾道ミサイルでレーダーを破壊された時点で航空総隊が輸送ヘリコプターを派遣して生存者は無事に退避した。留守になった佐渡島には1個中隊程度のロシア人の部隊が駐留したが新潟空港で陸上自衛隊のゲリラが輸送ヘリコプターを破壊し、海上補給路を海上自衛隊が遮断したため兵糧攻め状態に陥り、網走の惨劇を知る指揮官の大尉が降伏したらしい。
「陸上自衛隊には甑群島の地形をもう一度連絡して再検討させろ。しかし、陸上自衛隊が台湾人義勇隊員を譲っても『守る』と覚悟している我が国の領土を島守の航空自衛隊が明け渡すことはできない。中山1尉は上陸直後に急襲して全滅させる準備を整えておくように」第9警戒隊長の命令に中山1尉は熊本の両親の顔を思い浮かべた。
  1. 2023/12/07(木) 14:36:24|
  2. 夜の連続小説9
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