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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

所詮、日本大学は萩・松下村塾の門下生が創設した教育企業だ。

日本の低レベルな大学アメリカン・フットボールの世界ではトップの地位を固めている日本大学で部員の間で薬物使用が蔓延していることが問題になっていますが、それ以前から不正経理の発覚によって最高学府とは思えない異常な体質が明らかになっていました。
ちなみに日本大学では16ある学部単位で図書館や学生会館などの施設が付帯するキャンパスが分れていて部活動も学部ごとに存在しますが、アメリカン・フットボール部は大学の宣伝に役立つためオール日大=本部直轄として別格扱いされています。
そんな日本大学は他の大学のように創始者を売り物にしないのであまり知られていませんが萩城下から外れた下級藩士の集落で狂人・吉田松陰が幕末に暗躍するテロリストを大量生産した松下村塾に最年少の14歳で入門した山田顕義▲(「さん」欠く)です。
山田▲は25歳で戊辰戦争が勃発すると稀代の悪徳武器商人・坂本龍馬(敬称不要)からアメリカ南北戦争の終結によって不要になった大量の銃火器を買って近代化した毛利藩軍を率いて参戦し、明治新政府でも山口陸軍閥の一員として中将にまで昇りましたが、岩倉使節団として訪問したフランスでナポレオン法典を読んで「法律は軍事に優先する」と目覚め、帰国後は法律を学んで明治16(1883)年から9年間、司法卿と司法大臣を務め、在任中の明治22(1889)年に創設した日本法律学校が日本大学の前身です。
日本の中央官僚の縦割りの縄張り意識や責任回避の仕事の押し付け合いは山縣有朋▲が全国から集めた官吏を毛利藩の下働きだった頃の流儀で調教したため体質化してしまったと言われていますが、報道番組でコメンテーターが揶揄する日本大学の体質も山口県に住んでいる他県人には日頃から腹に据えかねている県民性そのものです。
山口県の県民性の第一は「絶対に反省しない」と「責任は他人に被せる」の対岸同様の「怨」気質です。関ケ原の合戦で毛利輝元さんは西軍の総大将として敗北しながら東照神君・徳川家康公の温情によって現在の山口県の防長2ヶ国の減封で許してもらっています。ところが自分の愚かさは棚に上げて徳川将軍家を恨み続け、卓越した情勢判断で内通した吉川広家さんを絶対に許さず分家扱いで最後まで支藩にしませんでした。
第二は「世間知らずな独善性」で、前述の吉田松陰にしてもまだ火縄銃しか持っていなかった毛利藩が欧米列強に勝てると思い込んで尊皇攘夷を扇動したことでも判るように2流の兵法家=軍学者に過ぎず、これを唯一絶対の神と崇め奉って子供たちを洗脳しているのが山口県の学校教育です。それは人物に限らず気候が生温い上、品種改良を怠っているため果実や野菜は非常に不味いのですが「県産品が最高」と言い張るだけでなく他県に売ろうとして失敗すると「味が判らん奴らは困る」と山口県内で納得するのです。
そして現在も日本を「明治の山口県人が作った私物品だ」と思い込んでいる「権力志向」と「国の補助金を当てにする依存体質」です。
これらが日本大学に踏襲されて大量生産しているOBを国から地方自治体の議員や公務員、大中小企業の隅々にまで棲みつかせて寄付を搾り取る7万5千人弱の学生を囲い込み、年間2700億円の収益を上げる巨大教育企業を作り上げたのでしょう。
  1. 2023/12/07(木) 14:37:45|
  2. 常々臭ッ(つねづねくさッ)
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