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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

12月23日・A級戦犯・東條英機大将の死刑が執行された。

昭和23(1948)年の明日12月23日の深夜0時1分に極東軍事裁判で対米英戦争開戦時の内閣総理大臣のA級戦犯として審理を受け、吊首刑(デース・バイ・ハンギング)判決を受けていた東條英機大将の刑が1組=先として巣鴨プリズン内で執行されました。
現在も占領軍がこの日を選んだのは「当時の皇太子の誕生日なので天長節=天皇誕生日の祝日になってからも日本人にA級戦犯の罪を思い出させるためだ」と強弁する研究者がいますが日本国内で開廷された軍事裁判の記録として保管している横田基地憲兵隊の友人は「職員にクリスマス休暇を与えるために前日に片づけたのだろう」と言っていました。
また横田基地憲兵隊では執行された7人のA級戦犯の死に顔の写真を見せてもらいましたが、資料として保管されていた1946年10月16日に執行されたナチス・ドイツの10人(ヘルマン・ゲーリング元帥は前日に腹毒自死、マルティン・ボルマン秘書官は死亡後も行方不明として告訴・審理されて死刑判決を受けた)が恐怖と苦悶で顔を歪めていたのとは対象的に東條大将を含めて揃って穏やかな死に顔でした。
連合国では常に軍服姿で紹介される東條大将を「日本のアドルフ・ヒトラー」として憎悪の対象にしていましたが人物像については好嫌が極端に分かれます。例えば大佐の歩兵第1連隊長時代、入営してくる新兵の顔写真入りの履歴書を全て熟読して当日には営門で待っていて顔を見ただけで氏名を呼び、それぞれの家庭の事情を口にしながら「心配事があれば遠慮なく言いなさい」「辛いこともあるだろうが頑張れ」と声をかける温情溢れる逸話が残っています。また俸給日前に急な寒波が来ると私費で防寒具を買い集めて給与が安い階級が下の者から配り、会った兵隊が礼を言うと「風邪は引いていないか」と聞くだけだったと言われています。ただし、美談的逸話は大佐止まりで将官になってからの関東軍時代は暴走する部下を止めることなく大陸戦線の拡大に加担したと断罪されています。
何よりも東條大将が問題なのは極端に謹厳実直で偏狭な人間性で総理大臣に就任してからは政府が通達した倹約令を国民が守っているかを確認するために通勤の途中で街角のゴミ箱を開けて使える物が捨ててあると管轄の警察に捨てた者を調査させたと言う笑えない逸話があり、単に平和を求めただけの人物を腹心の内務大臣・安藤紀三郎中将が指揮する特別高等警察に摘発させて高齢でも徴兵して陸軍2等兵として迫害した懲罰徴兵や異論を唱えた士官を激戦地の最前線に送る懲罰左遷も事実として公式記録に残っています。
極東軍事裁判での東條大将は自分が死刑になることは覚悟していたようで自己弁護は放棄して国家としての日本の名誉を守るために連合国の罪を糾弾しながら天皇の戦争責任の打ち消しに全力を傾注していました。その一方で花山信勝教誨師の導きで浄土真宗に深く帰依するようになり、「我ゆくも またこの土地に かへり来ん 国に報ゆる ことの足りねば」「さらばなり 憂為の奥山 今日越えて 弥陀のみもとに 往くぞうれしき」「さらばなり 苔の下にて われ待たん 大和島根に 花薫るとき」「今ははや 心にかかる 雲もなし 心豊かに 西ヘぞ急ぐ」「散る花も 落ちる木の実も 心なき さそうはただに 嵐のみかは」と解ったような辞世を遺しています。
  1. 2023/12/21(木) 13:14:40|
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